「絶対主義(絶対王政)といわれる近世ヨーロッパの国家と社会のあり方を、フランスを中心に検討せよ。」
絶対主義(絶対王政)といわれる近世ヨーロッパの国家と社会のあり方を、フランスを中心に検討してみたいと思う。
一般的に「絶対王政期」「絶対王政の時代」とは、西欧における市民革命以前の時代を指す。
おおよそ16世紀から17世紀にかけて到来し、イングランドのテューダー朝、フランスのブルボン朝、スウェーデンのヴァーサ朝・プファルツ朝の時代などが挙げられる。
とりわけ、ブルボン朝の時代がその典型例とされ、1615年から1789年まで、身分制議会である三部会が召集されなかった。
これは諸侯の権力の低下と、国王の権力があらゆる権力に優先したことを示している。
フランス王・ルイ14世が諌言する家臣に言った「朕は国家なり」という言葉(「そんなことをなさっては国家と民のためになりません」に対して「民だけでいい」に続いて言ったとされる)は、この状況を端的に表現しているとされた。
但し、実際には王権が絶対であったわけではない。
王権の絶対性は、貴族・ギルドなど特権を有する諸団体(社団)が統治に協力することで成立...