(1)はじめに
本書は、御手洗富士夫社長のもとで劇的な業務革新を達成し、我が国の企業の中でも稀に見る高収益経営を確立したキヤノンの変革プロセスを、生産管理・組織戦略・研究開発戦略・人事戦略・知的財産戦略といった様々な側面から詳述している。そうした意味で、本書はキヤノンという一大企業がグローバルな競争の中で勝ち残るために推し進めた変革のプロセスを一冊にまとめた書と言える。
また同時に本書が、キヤノンが上述の変革を推進するに当たり、御手洗社長の強力なリーダーシップが不可欠なものであったことを全編に渡って強調している点にも私は注目する。本書は同氏が自身の経営哲学を語ったインタビューも盛り込んでおり、御手洗富士夫という日本の企業社会では類稀な敏腕経営者の仕事振りを記録した書とも言う事が出来るであろう。
本レポートでは、こうした点を踏まえて、
①まず、御手洗氏が志向した高収益経営についてまとめた上で、
②キヤノンの一連の業務革新が、各部門でどのように行われたかを
③御手洗社長のリーダーシップに着目しつつ
まとめることにする。
なお、本レポートにおいて“御手洗氏”と表記しているのは全て現社長の御手洗富士夫氏のことであり、御手洗毅氏や御手洗肇氏のことではないということを付言しておきたい。
(2)キヤノンの高収益体質について
米国でビジネスマンとしてのキャリアを積んだ御手洗氏が最も重視する経営コンセプトはキャッシュフロー経営である。今でこそこの考え方は日本企業においても重要視されるようになったが、御手洗氏が社長に就任した1995年当時にはあまり重視されていなかった。なぜなら戦後の高度経済背長期以来、日本企業の多くは「作れば売れる」という環境の中でフォーディズム的な大量生産を是としていたからである。こうした経営環境において重視されるのはカネではなくモノであり、経営成績の判断基準は従ってフリーキャッシュフロー(現金収支)ではなく総資産の増減であった。ゆえに銀行借り入れによって生産設備を増強したり、倉庫に大量の商品を溜め込むことは何ら問題ではなく、むしろ良いことであった。「モノは富」だったからである。
これに対し、マクロな経済状況が低成長時代に突入し、「作れば売れる」時代が終わりを告げつつあることをいち早く認識していた御手洗氏は、総資産ではなく現金の収支こそが企業経営において最も重視されるべき指標であるとの考え方を導入し、一連の経営改革をスタートさせたわけである。その一例がセル生産方式の導入である。ベルトコンベア式の生産方式では、設備投資や仕掛品という非現金資産を多く溜め込むことになり、フリーキャッシュフローを悪化させる原因となる。これに対して、セル生産方式を導入すれば過剰設備や大量の仕掛品を保有することなく、必要なときに必要な分だけを生産することが出来るという点が御手洗氏の琴線に触れ、氏をして全社的なセル生産方式の導入に注力せしめたと言えよう。
このように、フリーキャッシュフローを重視した経営を徹底した結果として今日のキヤノンの高収益体質があるということを本書は強調している。次章では、経営の各現場における業務革新について概観したい。
(3)-a 生産革新について
キヤノンにおけるセル生産方式の導入は、子会社工場である長浜キヤノンからのボトムアップで始まった。長浜キヤノンにおけるセル生産方式の導入は、現場の作業員レベルでの様々な創意工夫の賜物であった。
生産現場におけるコストダウンが高収益体質の実現において重要な課題であると認識していた御手洗氏
(1)はじめに
本書は、御手洗富士夫社長のもとで劇的な業務革新を達成し、我が国の企業の中でも稀に見る高収益経営を確立したキヤノンの変革プロセスを、生産管理・組織戦略・研究開発戦略・人事戦略・知的財産戦略といった様々な側面から詳述している。そうした意味で、本書はキヤノンという一大企業がグローバルな競争の中で勝ち残るために推し進めた変革のプロセスを一冊にまとめた書と言える。
また同時に本書が、キヤノンが上述の変革を推進するに当たり、御手洗社長の強力なリーダーシップが不可欠なものであったことを全編に渡って強調している点にも私は注目する。本書は同氏が自身の経営哲学を語ったインタビューも盛り込んでおり、御手洗富士夫という日本の企業社会では類稀な敏腕経営者の仕事振りを記録した書とも言う事が出来るであろう。
本レポートでは、こうした点を踏まえて、
①まず、御手洗氏が志向した高収益経営についてまとめた上で、
②キヤノンの一連の業務革新が、各部門でどのように行われたかを
③御手洗社長のリーダーシップに着目しつつ
まとめることにする。
なお、本レポートにおいて“御手洗氏”と表記しているのは...