晋の太元年間のことだが、武陵の人で漁を仕事にしている者がいた。谷川沿いに道をたどって、どれほど来たか分からぬほどの所まで来ると、突然、桃の花の林に出会った。両岸数百歩の距離にわたって桃ばかりで、その中にはほかの木は混じっていない。したには香りの高い草が目もあざやかに咲いていて、そこへ桃の花びらがひらひらと乱れ散っている。漁師は非常に不思議に思い、なおも進んで行って、林の果てを突きとめようと思った。林の終わった所が谷川の水源で、そこに一つの山があった。
山には小さな穴が開いていて、穴の向こうから光がほのかにさしているようだ。すぐに、船を降りて、その口から入ると、初めは非常に狭く、人一人がやっと通れるほどしかなかったが、さらに数十歩進むと、からりと視界が開けた。見ると、土地は平らにどこまでも開いていて、家はきちんと整っている。
漢文演習
晋太元中
東晋王朝孝武帝の太元間。(367~396)
武陵
中国の漢代に、現在の湖南省北西部地域に置かれた郡名。
繽紛
多くの物が入り乱れて盛んなさま。
特に、花・雪などが乱れ散ること。またそのさま。
・「天花風に繽紛し梵音雲に幽揚す」『三国伝記』(1407~41頃)
髣髴
よく似てること。またそのさま。
ありありと眼前に見えること。はっきりと脳裏に浮かぶこと。
影のおぼろなこと。ほのかであること。姿、形がかすかであること。
はっきりしないこと。あいまいなこと。たしかでないこと。
・「さだめて髣髴きはまりなうぞ候らんとあさましきまで給へ候ながら」『毎月抄』(1219)
豁然
髣髴景色などが眼然にぱっとひらけるさま。ひろびろと展開しているさま。
迷い・疑いなどが突然解けるさま。意識・気分などが急にはっきりするさま。急に悟りをひらくさま。
・「こごしい岩、もろい坂、躓く木の根を踏留って、かろうじて豁然と向ふに出ると」『春潮』(1903)田山花袋
儼然
おごそかで重々しく、近寄りにくいさま。確固として動かしがたいさま。
・「望之儼然、即之也温。」『論語』-子張
阡陌
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