「子供の心と大人の頭脳」。この本を読んで最初に思い浮かんだのは、かの有名なハインリヒ・シュリーマンのトロイヤ遺跡の発掘である。シュリーマンは子供の頃、父親からホメロスの叙事詩『イリアス物語』に歌われているトロイヤ戦争の伝説を聞き、大いに感銘を受けた。シュリーマンは当時作り話と思われていたこの話をすべて真実と信じ込み、いつの日かトロイヤの遺跡を発掘してホメロスの物語が史実であることを証明しようと決意する。まず少年シュリーマンは発掘のためには資金が必要であるという現実的判断から商人としての道を歩み始める。そして辛苦を重ねつつも十ヶ国語をマスターし、商人として着々と地歩を固め、41歳の時には相当の資産を築く。ここまででも十分凄いが、真に驚くべきはこれからだ。普通ならここで実業家として身を固めてしまうものだが、少年の頃の夢を抱き続けていたシュリーマンは全財産を投じてトロイヤ遺跡の発掘作業に乗り出し、ついに考古学上の大発見を成し遂げる。
もとよりシュリーマンは考古学者ではないし、ホメロスの物語を盲信するあたり学者の精神からはかなり遠い。しかしながら『戦国金山〜』を読んだ私には、シュリーマンに見られる並外れた特質は考古学者にも共通して見られるものに思えた。すなわち、途方もないロマンチストであると同時に冷徹なリアリストであるということだ。
学問の根本は知的好奇心にある、と私は考える。建前から言えば、(近代以降における)学問研究とは社会に貢献するためのものであるが、研究の成果から生まれる実質的利益はあくまで副次的なものだ。「本当のところ、何故その研究をやっているのか」と学者に問えば、十中八九、「好きだから」「面白いから」といった答えが返ってくると思う。考古学者の場合、「古代への情熱」といったところだろうか。
『戦国金山伝説を掘る』を読んで
「子供の心と大人の頭脳」。この本を読んで最初に思い浮かんだのは、かの有名なハインリヒ・シュリーマンのトロイヤ遺跡の発掘である。シュリーマンは子供の頃、父親からホメロスの叙事詩『イリアス物語』に歌われているトロイヤ戦争の伝説を聞き、大いに感銘を受けた。シュリーマンは当時作り話と思われていたこの話をすべて真実と信じ込み、いつの日かトロイヤの遺跡を発掘してホメロスの物語が史実であることを証明しようと決意する。まず少年シュリーマンは発掘のためには資金が必要であるという現実的判断から商人としての道を歩み始める。そして辛苦を重ねつつも十ヶ国語をマスターし、商人として着々と地歩を固め、41歳の時には相当の資産を築く。ここまででも十分凄いが、真に驚くべきはこれからだ。普通ならここで実業家として身を固めてしまうものだが、少年の頃の夢を抱き続けていたシュリーマンは全財産を投じてトロイヤ遺跡の発掘作業に乗り出し、ついに考古学上の大発見を成し遂げる。
もとよりシュリーマンは考古学者ではないし、ホメロスの物語を盲信するあたり学者の精神からはかなり遠い。しかしながら『戦国金山~...