我々日本人が英語を学ぶときの多くは、与えられた英文を日本語に訳し、日本文として解釈するといった方法をとる。一方日本人が英文を書く際には、まず日本文を考えた上で、その日本語に対応した英語を用いて文章を作っていくのが、もっとも広く行われている方法であろう。つまり、英語を考える際には常に「英語を日本語に」または「日本語を英語に」という流れのもとに理解が働いていることは、明らかな事実であると思われる。このような流れの中では、英語の表現と日本語の表現が一致していることが前提となる。そうでなければ、英語を理解するのに日本語を経由することなどできないはずである。だが、実際には両言語の表現の仕方には大きな差があることがわかった。次の例を見てみることにする。
序章
我々日本人が英語を学ぶときの多くは、与えられた英文を日本語に訳し、日本文として解釈するといった方法をとる。一方日本人が英文を書く際には、まず日本文を考えた上で、その日本語に対応した英語を用いて文章を作っていくのが、もっとも広く行われている方法であろう。つまり、英語を考える際には常に「英語を日本語に」または「日本語を英語に」という流れのもとに理解が働いていることは、明らかな事実であると思われる。このような流れの中では、英語の表現と日本語の表現が一致していることが前提となる。そうでなければ、英語を理解するのに日本語を経由することなどできないはずである。だが、実際には両言語の表現の仕方には大きな差があることがわかった。次の例を見てみることにする。
(1)a. I persuaded her to come.
b. 私は彼女に来るように説得した。
(2)a. But she wouldn’t come.
b. しかし、彼女は来なかった。
(1)、(2)共に、それぞれの英文と日本文は一致するものである。aのような英文が与えられればbの日本文のように訳すだろうし、その逆もまた然りである。...