宇宙の巨大な蛸
エイベル851銀河団
銀河団とは,100個以上もの銀河が差し渡し500万光年程度の空間に群れる宇宙最大の天体であり,その美しい姿は我々の周りに広がる銀河宇宙への浪漫をかき立てる。エイベル851銀河団は,そんな天体の一つである。この銀河団は,1950年代に米国パロマー山天文台が,口径48インチの望遠鏡で行った大規模な銀河探査によって発見され,1958年発表のエイベル銀河団カタログの851番目に登場する。それから30年近く後になって,この銀河団が我々から43億光年の彼方にあることが分かった(Gunn et al.,1986)。銀河団から発せられる光が我々に届くまでに43億年かかるということは,宇宙の歴史130億年をおよそ3分の1さかのぼった,昔の銀河団の姿を我々は眺めていることになる。 エイベル851銀河団は,その後も銀河天文学者の格好の研究対象となり,数々のエポック・メイキングな成果とともに歩んできた。米国のハッブル宇宙望遠鏡は1992年から1994年にかけてこの銀河団を観測し,その驚異的な空間解像度で,このような遠方の銀河団として初めて,個々の銀河の形態を詳細に分類することに成功した(Dressler et al.,1994)。 近傍の宇宙では,銀河が混んでいない場所では我々の銀河系のような渦巻銀河の割合が多いが,銀河団のように銀河が密集したところでは赤い楕円の形をしたものが多く占めることが知られていた。この観測で,昔の銀河団においてもまったく同じ傾向が見られることが明らかになった。つまり,楕円銀河は銀河団のような密度の高い領域で,宇宙の比較的早い時代に生まれたことになる。
図1 すばる望遠鏡で撮影したエイベル851銀河団の中心部(2.5分角) (Iye et al.,2000)
日本のすばる望遠鏡がこの銀河団を最初に観測したのは,その完成直後の1999年1月のことである。地上観測でありながら解像度0.45秒角を達成し,すばるの優れた撮像性能が最初に確かめられることになった(図1)。日本の天文学者にとっては縁起の良い,なじみ深い天体といえる。すばる望遠鏡が世界に誇る広視野カメラは,ほかの大型望遠鏡に比べて視野が1桁広く,満月に匹敵する30分角四方の天域を一度に写すことができる。この特長を活かして,2001年1月にエイベル851銀河団の本格的な観測が行われ,従来の研究対象であった中心部だけでなく,ずっと外側にまで至る広大な銀河団の全体像が,初めて我々の眼前に広がったのである。まるでナスカの地上絵を初めて上空から眺めたように。 その結果……,この銀河団は蛸だったのである(図2)。
図2 すばる望遠鏡の広視野カメラで初めてとらえられた,エイベル851銀河団の全体像。 一辺は27分角で,銀河団の距離ではおよそ3000万光年になる。赤い点は赤い銀河,青い点は青い銀河を表す。 等高線は銀河の密度を表しており,中心の赤い銀河の大きなかたまりと,そこから四方八方に伸びる蛸足構造が見て取れる。 (Kodama et al.,2001)
中心には丸い巨大な銀河のかたまりがあり,そこから四方八方に多数の足が伸びていたのだ。足の長さは1000万光年以上にもなる。これらの足に沿って並んでいる銀河の小さなかたまり(銀河群)は,あたかも吸盤のようである。中心の丸い頭と多数の足は,どれも赤い銀河で彩られており,さながら「ゆで蛸」である。なぜこのような形をしているのだろうか? 宇宙初期に,密度のむらむらがひも状に成長し,その密なところで銀河が生まれる。そのため銀河は,蜘蛛の巣のようなネットワーク状の構造に分布していると考えられている。蛸足は,まさにこのようなひも構造の一本一本に相当し,その交差点に銀河団があるのだ。銀河団はその強い重力で,周りの銀河集団をひも構造に沿って引きずり,飲み込みながら成長しているのだ。 すばる望遠鏡による遠方銀河団の探査は今も続いており(Kodama et al.,2005),蛸だけではなく,海蛇やヒトデなど,さまざまな魚介類が見つかっている。大漁,大漁! ちなみに,このプロジェクトは「魚プロジェクト」と呼ばれている(正式名はPanoramic Imaging and Spectroscopy of Cluster Evolution with Subaruで,その頭文字を取ってPISCES,つまり魚座の意味)。これは,果たして偶然か??
(ISASニュース 2006年05月 No.302掲載)
資料提供先→ http://www.isas.jaxa.jp/j/column/famous/18.shtml