金星大気の宇宙空間への散逸

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    金星大気の宇宙空間への散逸
     金星の大気は、地球のものと大きく異なる姿を持つ。地表近くで90気圧、組成の96%をCO2が占め、水蒸気もわずかしか含まれていない。また、高度50~70kmには金星全体を覆い尽くす厚い硫酸の雲が形成されている。そしてCO2による温室効果によって表面温度は400度以上にもなり、鉛も溶け出す高温高圧の過酷な世界となっている。  金星は、質量、大きさ、太陽からの距離が地球と似ており、「地球の双子惑星」といわれる。にもかかわらず、金星の大気環境はなぜ、これほど地球と異なる姿を持つに至ったのであろうか。惑星間の大気環境の差異を生み出す要因はいろいろあるが、金星の大気が現在のような姿を持つに至った要因の一つとして、大気の宇宙空間への散逸が重要な役割を果たしているのではないか、という考えがある。
    失われた水の行方
    図1 金星からの荷電・中性大気散逸過程(金星探査計画提案書より)
     金星の超高層は宇宙空間に開いた系であることから、さまざまな過程を通して大気構成要素が宇宙空間に流出し得る(図1)。例えば、過去のある時期に金星に大量に存在していたことがいくつかの証拠から示唆されている液体の水(海洋や湖)は、蒸発した後に宇宙空間に散逸してしまったとする説がある。大量の液体の水の存在は、CO2の吸収・放出によって温室効果を調節し、気温調節の効果を担うものである。高温で乾燥している現在の金星環境の形成を理解する上で、失われた水の行方-- 宇宙空間への散逸過程 --を調べることは重要と考えられる。  大気の宇宙空間への散逸においてまず考えられることは、上層大気が高温の場合に期待される中性大気ガスの熱的散逸である。しかしながら、この過程は現在の金星においては、あまり大きな寄与を成さない。金星の大気は惑星表面近くでは高温であるが、高度約100km以上においてはCO2の赤外放射による冷却作用のために大気温度が低くなり、熱的散逸過程は重要とならないのである。  一方、金星特有の性質によって大きな寄与が期待される過程も存在する。それは、金星の超高層の領域で生じるプラズマ過程である。金星では流体核のダイナモ作用による磁場生成が弱く、惑星固有の磁場がほとんど存在していない。固有磁場の欠如により、金星における太陽風(太陽から噴出する秒速数百kmもの超高速度を持つプラズマ流)の影響は、地球におけるそれとまったく異なるものとなる。金星では、地球の「磁気圏」のように太陽風に対する巨大な磁場の障害物(バリアの役割を果たすもの)は形成されず、超高速の太陽風流は大気コロナの奥深く、高度数百kmの高度域にまで直接吹き流れる。そして幾種ものプラズマ過程によって、多量の大気構成要素をはぎ取っていくのである。このような事実から、金星大気の散逸現象の理解において、プラズマ過程の解明は欠くことのできない要素と考えられている。
    極端紫外光によるプラズマ撮像に期待
     1960年代からの旧ソ連によるマリナーやベネラシリーズの観測に続いて、アメリカの探査衛星パイオニア・ヴィーナスが10年以上にもわたる長期の周回観測を行ったことにより、金星の超高層は今や地球に次ぐ理解を有する領域となった。しかし、それでも金星プラズマ環境の理解は、地球のものと比較して少なくとも30年は遅れている。
    図2 太陽風―金星電離圏相互作用のグローバルハイブリッドシミュレーション結果(Terada et al., 2002)
    昨今のコンピュータ能力・数値計算手法の急速な発展によって、金星のプラズマ環境は大規模な時間変動をしており、ダイナミックな過程が大気散逸に大きな寄与を成しているという数値シミュレーション結果(図2)が得られている。しかし、このダイナミックな過程をはじめ、幾多のプラズマ過程がブラックボックスである現状では、大気散逸現象の解明には程遠い。早急な探査の実施による観測的実証が強く求められている。ダイナミックなプラズマ過程を含む幾多の散逸過程は、今後の惑星探査で解明すべき最重要課題の一つであろう。しかしながら、ダイナミックな散逸過程の解明は1台の探査機による「その場」観測では困難(空間構造・時間変化の分離が困難)であり、最近注目が集まっている極端紫外光による惑星周辺プラズマの撮像などのリモートセンシングが必要とされる。プラズマ撮像などの新しい観測技術を用いた今後の探査計画によって、大きく開いた地球磁気圏の理解との差をどれほど縮められるか、楽しみである。
    (ISASニュース 2003年12月 No.273掲載)
    資料提供先→  http://www.isas.jaxa.jp/j/column/inner_planet/05.shtml

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