G20サミット会議
11月15日に米国ワシントンDCでG20サミットが開かれた。この会議は第二次大戦後の国際通貨体制を確立した会議の名を擬して、「第2ブレトンウッズ会議」とも呼ばれ、大きな期待が寄せられていた。しかし結局曖昧な共同声明の内容に終わった。喫緊の課題であった金融危機や世界不況に対する具体策は打ち出せず仕舞い。
けれどもひとつだけ看過してはならないことがある。今回のG20会議は、国際政治、国際経済における長期的・歴史的転換点としての、象徴的な意味合いにおいて極めて重要な会議だった点。おそらく世界の主導役を担う組織が、「英米主導型G7」から、BRIC、産油国のサウジさらにEU、米国、これらの共同運営による「多極型G20」へ移行したと、後世、記述されることになるだろう。
次回のG20サミットは、オバマ氏就任後101日目にあたる4月30日に開かれることになった。だが来年4月、世界の風景はおそらく今とは相当異なったものになっているだろう。世界経済が構造変化のただ中にあるからだ。地政学的な変化(G7→G20)は、成長率の構造的シフトとなって現れているが、同時に「消費」主導型経済観念をベースとする、資本主義に対する見直し論も注目され始めている。
成長率の構造的シフト
成長率の構造的シフトは3つの要素に分解される 。
一つ目は金融危機につれて明らかになった米国の成長力の低下である。80年代後半から、グローバル化の進展とともに米国の多国籍企業が生産拠点を海外に移したのに伴い、米国は金融立国を目指し21世紀初頭までそれは成功した。しかし今般のG20サミットの成果物として、世界的規模での金融の規制の強化が掲げられた。これで金融界は安定性を取り戻す見返りに、期待成長率の低下を甘受しなくてはならない。米国経済は金融に代わる、新しい成長の牽引車を探る時期にはいる。この点環境立国の構想がオバマ氏にはありそうだ。自動車さえも、環境産業として衣替えさせ、復活させるアイデアのように見える 。しかしそれが具体的な形を取るのには次の4年が必要、つまり来年からの4年間は低成長が続くのではないかと予想される。
その一方で二つ目に、新興国の安定性が、来春には際立って人々の目に見えてくることになるだろう。このところ悲観的な予測を公表しているIMFだが、公表された数値をよく検討すると、インフラ投資や耐久消費財の普及に伴う、輸出動向に左右されない内需の着実な成長への期待が、新興国では高まっている。
ちなみにG20サミットで先進国側は、IMFを資金的にサポートするよう新興国に迫った。だが中国もサウジも、出資より、公共投資などを増やし経済成長を高め、世界から商品を購入することで貢献するとしている 。IMF強化に向かう日本、IMF体制の見直しを企図する新興国、の構図。
これに加え日本以外の先進国の、財務面からの余裕が三つ目の要素。これまでの景気拡大長期化による税収増を背景に、財政状況は比較的良好で、財政出動への余力は十分にある。
資本主義に対する見直し論
「修道院の生活もシャイロックの生活も、ともに避けなくてはならない」と言ったのは、『社会学と人類学』のモース。資本主義は個人を共同体の頚木(修道院)から救い出したが、だからといって個人主義の暴走(シャイロック)を許していいものでもない。有名な「贈与論」を収めたこの本ですでに、所有と消費を重視する「消費」主導型の資本主義への懸念が表明され、21世紀の危機は予見されていた。
モノに所有権を設定し、値を付け、その移転という形で売買が行われる。個人の欲望が「消費」という形で生産と売買に拍車をかける。欲望を駆動力に、「消費」を広く社会に開放することで資本主義は躍動し、「近代」は18世紀以降急速に浸透した。有償論理の席捲。ただしその傍らで、長く人々を支えた無償論理(贈与の倫理)は衰微していった。
社会主義が共同体の産む「腐敗」で蹉跌し、資本主義が勝利したように見えた次の瞬間、私的欲求(「消費」)と市場原理が行き過ぎると、社会に信頼と安定が失われることが、ここ数ヶ月の間に証明された。予見は正しかった。われわれはどこへ向かえばよいのか。モースは資本主義の構造を変化させる「解」を、用意してくれてはいない。とはいえ最近のクリップの中に、「解」へ至るヒントを探ることはできそうだ。
実体のある経済とバーチャルな経済との乖離度合いをモニターし、マネジメントする必要性を説くのは「資本主義、暴走後の新スキーム」 。
売上ノルマを撤廃、顧客満足を前提にした「健全な売上」を積上げる体制を作った資生堂や、売上や利益などの定量的な評価割合を下げ、部下の育成といった定性的な仕事の評価を8割にした三井物産などを引合いに、「サイエンスとアート」の融合を目指す経営を提唱するのが「日本企業には復元力の源泉がある」 。
(近代が尊重する)個人も、その個人の「所有権」も社会集団を意識して初めて、本来の機能を発揮しうる、という事実に注意を促す「所有は有効利用の義務を伴う」 (この「義務」はモースの「贈与の倫理」に近い)も考えさせる。
所有する木を伐採、換金し、事業の継続は「植林」「保育」でという発想では、実は林業は成り立たない。利用間伐で森林を構造化し、森林そのものの自律繁殖力を育むことが肝。「持続可能性」という単語の由来となった、16世紀以来の伝統を持つドイツ林業からの示唆が、「ドイツからみた日本の森林・林業の課題」 。自律 力を育む育児との類似が面白い。育児も無償論理、贈与の倫理の領分。
どうやら無償論理(贈与の倫理)に鍵がありそうだ。
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情報社会生活マンスリーレポート 08年12月号
【今月の参考クリップ】
1.
○世界的な金融危機とその影響 ~深刻な世界同時不況に至るのか
http://www.murc.jp/report/research/souken/2008/081112.pdf
欧州にも、米国同様の信用収縮の動き。また周辺新興国の減速によ
り輸出も停滞。だが見極めるべきは世界経済の構造変化。(by 神宮司信也)
2.
Transcript - Barack Obama’s Acceptance Speech
http://www.nytimes.com/2008/08/28/us/politics/28text-obama.html
08年8月28日、オバマ氏の指名受諾演説:The American Promise 。
蹉跌した「金融立国」に代え、環境立国構想を保持。車さえも。(by 神宮司信也)
3.
★Asia looks to rework IMF relationship
http://www.ft.com/cms/s/0/64407d0a-ae7d-11dd-b621-000077b07658.html
IMFへの出資より、国内経済の健全な発展こそ世界への貢献、と。(by 神宮司信也)
4.
★Saudis spurn chance to help IMF
http://www.ft.com/cms/s/0/34727284-b415-11dd-8e35-0000779fd18c.html
日本と同じようなIMF援助を請われ、しかし拒否。むしろ国内投資に邁進。(by 神宮司信也)
5.
●資本主義、暴走後の新スキーム(上)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20081111/176913/?P=2&ST=money
問題の核心部分は、「強欲(greed)」にある。本来この「強欲」
も「神の見えざる手」がコントロールするはずだったのだが。(by 神宮司信也)
6.
●「日本企業には復元力の源泉がある」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20081113/177192/
人間の中にも二面性がある。自己の利益追求を優先する投資家・消
費者としての側面と、民主主義における市民としての側面。(by 神宮司信也)
7.
●所有は有効利用の義務を伴う-集落営農と門徒を考える
http://www.ja-so-ken.or.jp/pdf/column72.pdf (その1)
http://www.ja-so-ken.or.jp/pdf/column73.pdf (その2)
http://www.ja-so-ken.or.jp/pdf/column74.pdf (その3)
「大事なことは(農地は)これから生まれてくる子孫から預かって
いるという精神を忘れ」ないこと。(by 神宮司信也)
8.
○ドイツからみた日本の森林・林業の課題―2008年「森林組合トップセミナー」・「ドイツ元森林官との意見交換会」の講演録
http://www.nochuri.co.jp/skrepo/pdf/sr20081028.pdf
日本では人工林資源を自然環境に配慮しながら、かつ効率的に生産
する仕組みづくりが遅れ、林業生産が停滞している。(by 神宮司信也)
【参考図書・参考情報】
・『交易する人間』 今村仁司著 講談社
・定額給付金と「消費」重視型の経済観念(下)
http://news.livedoor.com/article/detail/3906021/
Column
2009年4月の風景 あるいはふたつの構造変化
神宮司信也