マン・レイ『天文台の時―恋人たち』にみる“唇フェチ”
前衛美術の描く身体像として、シュルレアリスム(超現実主義)において活躍したマン・レイの『天文台の時―恋人たち』を通して、“パーツとしての身体・部分への愛”と“ありえない組み合わせ”を考える。
シュルレアリスムは、1924年のシュルレアリスム宣言に始まる芸術運動であり、ダダによる否定と破壊の精神を受け継いで、美術、詩、文学、政治などの広い範囲で想像力の解放と合理主義への反逆を唱え、夢や無意識、非合理といった心の世界を探求して人間の精神の荒廃を修復するという理念を持った運動であった。
マン・レイの『天文台の時―恋人たち』(『唇』という題で知られている)は、彼の元を去った恋人リー・ミラーの唇が空に浮いているという油絵である。1932年から34年まで、2年かけて製作された。彼はリー・ミラーをいつまでも自分のものにしておくため、彼女を自分の作品に表現した。リーの唇は身体から切り離され、赤い飛行船のように不気味に空に浮かぶこととなった。
『唇』は、シュルレアリスム絵画の真髄であると同時に、バイオモルフィズムの優れた実例だとして評価された。バイオ...