『地獄変』に見る、道徳のありか
『地獄変』は、「大阪毎日新聞」、「東京日々新聞」で1918年5月1日から22日まで連載された、「人間性放棄によって、芸術美の完成を得るという、作者自身の芸術至上主義を語る」1芥川龍之介の著作である。
近代文学において、芸術至上主義と道徳主義との対立はしばしば問題とされてきた。例えば、『地獄変』の解釈について、三好行雄氏は「『地獄変』について –芥川龍之介へのアプローチⅡ–」で、芸術に傾倒する主人公良秀一人に着目し、芸術至上主義とその死を関連させて、芸術と道徳の対立を読み取ろうとしている。道徳が芸術至上主義に殺されていく過程を、以下本文引用箇所であると、三好行雄氏は訴える。
忽ち狭いはこの中を鮮かに照し出しましたが、とこの上に惨むごたらしく、鎖にかけられた女房は――あゝ、誰か見違へを致しませう。(中略)良秀の娘に相違ございません。(十七)
暗い空を、どことも知らず走つたと思ふと、忽ち何か黒いものが、地にもつかず宙にも飛ばず、鞠のやうに躍りながら、御所の屋根から火の燃えさかる車の中へ、一文字にとびこみました。さうして朱塗のやうな袖格子が、ばら/...