平成22年度 現代教養科目「現代の生命倫理・法・経済を考える」
レポート
テーマ:「化学物質により発生した環境問題」
提出日:平成22年07月01日
日本で発生した化学物質による環境問題
戦後の日本で発生した環境問題として、最も有名なものにメチル水銀による水俣病被害が知られている。アセトアルデヒド製造における副産物であるメチル水銀が、工場廃液として環境中に排出され続けた。有機水銀は生物濃縮によって生態系に影響を与え、さらには周辺住民に対してに対して重篤な健康被害をもたらした。有機水銀は通常環境中に微量含まれている無機水銀よりはるかに強い毒性を持ち、細胞を不可逆的に障害して四肢の感覚障害・ふるえ・しびれ、難聴、視野狭窄など主に神経系の中毒症状を有する症状を呈する水俣病の原因となった。
有機水銀のような化合物は環境中で分解されにくいため、ヘドロとなって海底に溜まり、海洋の汚染によって魚介類が減少・死滅する被害が発生した。また有機水銀には体蓄積性があるため、生物濃縮により多量の有機水銀を蓄積した魚を食べたネコの狂死が相次いで報告された。また原因究明の遅れから、大量のメチル水銀を含んだ魚介類を食べた多くの周辺住民に重大な健康被害をもたらした。健康被害としては、水俣湾周辺を中心とする八代海沿岸で水俣病が発生し3000人近くの人々(平成16年3月)が苦しめられたという。また母親の胎盤をとおして胎児に水銀が蓄積し、生まれながらに水俣病にかかる胎児性水俣病患者の発生も報告された。発生当時は原因物質の特定ができず、伝染性の病であると誤解されたため、患者本人や患者の家族がいわれのない差別や偏見などの精神的な被害を受けた。
1950年代の水俣病発生当時は戦後の経済成長の盛りであり、国の工場排水規制が十分なものでなかったと考えられる。現在のような高度な化学物質の分析方法なども確立されていなかったため、これが対応の遅れや被害拡大につながった原因だと推測できる。実際に政府や工場を相手取る訴訟が相次ぎ、多くの裁判で原告側勝訴となった。
これを受けて政府・地方自治体が中心となり様々な対策がなされてきた。健康被害の対策としては、アセトアルデヒドの製造中止やできるだけ魚を食べないように注意を促すなどの呼びかけを行った。発生した健康被害に対しては、現在でも水俣病の認定と水俣病総合対策医療事業が行われている。水俣病の認定は1973年に成立した公害健康被害の補償等に関する法律に基づき、国や地方自治体が水俣病患者を救済する目的で行われる。認定審査会で水俣病として認められた患者は医療費や介護手当を国や工場から受けることができる。水俣病とは認定されないものの、水俣病発生当時、水俣湾周辺に居住して魚を食べ、水俣病のような神経症状がある人に対しては水俣病総合対策医療事業の一環として地方自治体からの医療費の支給が行われている。環境汚染に対しては、さらなる水俣病患者発生防止の観点と併せて仕切り網による汚染魚の処分が行われた。さらに1977年、熊本県は水俣湾内の海底に積み重なった大量のヘドロを取り除き、堤防の内側に封じ込んで埋め立てる工事を行った。1990年に工事が完了し、現在では国の基準値以上の水銀を含む魚介類はいなくなった。差別や偏見などの被害の対策としては、地域住民の間の絆を取り戻すことを目的として「もやい直しセンター」が建設され、長年にわたり交流の場や地域保健・福祉の中心として利用されている。また、水俣病資料館や水俣病情報センター・環境センターが設立され、水俣病に関する情報収集やそれに基づく研究、歴史や教訓を伝えることから環境問題についての学習指導など、幅広い活動が行われている。
原因化学物質であるメチル水銀の現在の規制は、国の定めるアルキル水銀の排出基準値や地方自治体の条例によって行われている。住民の生活に直接関わる公共用水域の環境基準は、環境法第16条第1項によると「総水銀濃度0.0005mg/L以下、アルキル水銀は検出されないこと」となっている。また排水基準は水質汚濁防止法第3条により、「水銀及びアルキル水銀その他の水銀化合物濃度0.005mg/L以下、アルキル水銀化合物は検出されないこと」と規制されている。ただし水俣病が大きな問題となった熊本県の水質汚濁防止法第3条3項の規定に基づき排出基準を定める条例によると、「水銀及びアルキル水銀その他の水銀化合物濃度0.0005mg/L以下、アルキル水銀化合物は検出されないこと」と規制されており、国の排水基準よりはるかに厳しい基準を設けている。さらに熊本県は水俣湾環境対策基本方針に基づき、水俣湾において二魚種を対象に水銀含有量の暫定規制値を設けて毎年測定を行っているが、現在のところ毎年国の定めた基準値を下回っている。
水俣病のような被害を今後防止するためには迅速な原因の解明と規制の見直しが重要であると強く感じた。今後も、微量で重篤な健康被害を引き起こす化学物質が指摘される可能性は十分にあり、環境中の化学物質の解析手法のさらなる研究が必須であると考える。
外国で発生した化学物質による環境問題
海外で発生した化学物質による環境問題としては、当時西ドイツのSchwarz Waldの立ち枯れに代表される酸性雨による被害が有名である。豊かな針葉樹の森で、現在でもキャンプ場や観光地として有名なSchwarz Waldの樹木の立ち枯れは衝撃的な出来事であった。
原因物質は二酸化硫黄、窒素酸化物などの硫黄酸化物および窒素酸化物であると考えられている。石油や石炭を燃やすと、特別な処理をしないと硫黄酸化物、窒素酸化物などの汚染ガスが大気に放出される。これが水滴に吸着されて雨や雪、霧として地上に降ったり、乾性沈着により地上の樹木、建物、生物に付着したりする。これによって広範囲にわたる樹木の被害や文化財の腐食、健康被害を引き起こす。
Schwarz Waldの樹木の立ち枯れに代表される硫黄酸化物・窒素酸化物による被害は、1986年の当時西ドイツの調査によると、森林全体の34%にたるおそよ250万ヘクタールが被害を受けた。特に針葉樹についてはモミで75%、松で44%の木が何らかの被害を受けた。また針葉樹の多いSchwarz Wald内に流れる河川においては、酸性物質の量が人為的な影響のない自然水の数倍というかなり高い水準を示す等の影響が生じた。さらに西ドイツの建物、文化財等の被害も甚大なものがあり、西ドイツ全土の各種文化財の損害は年間3億マルク以上、これらを含めた各種建物、施設等の物的な損害は30~40億マルク(1ドイツマルク=68円 -1989年)に及んだと推計されている。
酸性雨の問題は原因物質の性質や地理の特性上、工業化による大気汚染が急速に進んだイギリス・ドイツだけの問題ではなく、欧州の広範囲に被害が及ぶ環境問題としてとらえられた。実際、スウェーデンやノルウェーでも湖沼の酸性化によって水生生物が死滅するなど、硫黄酸化物や窒素酸化物による環境問題が顕在化していた。欧州諸国は1972年にストックホルムで開かれた国連人間環境会議で、国際的な問題として酸性雨の被害について訴えたが、主要国の多くは欧州の内政の失敗と見なし、具体的な対策には至らなかった。しかしこれをきっかけに欧州における硫黄酸化物の長距離移動の研究が国連機関のもとでおこなわれた。このデータの有用性が認められ、長距離越境大気汚染条約の発効が実現した。この条約により、加盟各国は硫黄などの排出防止技術の開発、酸性雨モニタリングの実施、加盟国間の情報交換を実施した。その後、さらに具体的な数値目標として、排出量の削減目標を定めた議定書の批准が進められ、国際レベルでの規制が行われた。この長距離越境大気汚染条約およびヘルシンキ議定書、ソフィア議定書の批准による各国の対策により、硫黄酸化物排出量は1980年から大幅に減少した。ドイツでは1990年から1999年の10年間で約500万トン削減するなど大きな成果を上げている。また、特に被害の大きかったSchwarz Waldの地区においては、復旧のために積極的な植林がおこなわれた。
現在でも世界各国が、この大気汚染条約に基づく法律や法令によって、硫黄酸化物、窒素酸化物の排出規制を行っている。日本での具体例を示すと、硫黄酸化物については全国をいくつかの地域に分け、地域ごとに煙突など排出口の高さに応じ1時間ごとの硫黄酸化物の排出許容限度を定めている(K値規制方式)。また窒素酸化物などの排出基準は、ばい煙発生施設の種類、施設の規模ごとに排出ガス中の濃度を規制している(濃度規制)。基準値の目安としては100~600ppmであるが、施設の種類や規模で大きく異なる。これらは大気汚染防止法に規定されており、違反すると改善命令や一時停止命令、罰則が科せられる。
このように各国が法律などにより規制することで効果的に酸性雨の被害を減少させることができると考えられるが、現在条約を批准していない国や急速に工業が発展している国では、規制が不十分であると考える。特に今後は、中国やインドなど東南アジア諸国の経済成長が著しいことは明らかであり、工業発展に伴う大気汚染の防止は必須である。前述のような欧州での成果から、アジア地域全体での大気汚染対策としても原因物質の排出量規制を具体的な数値目標で示すことが望ましい。また数値目標は、経済格差や問題の状況に応じて見直しをはかりながら対応していくことが重要だと感じた。
戦後の急速な経済発展による公害問題の発生の教訓から、環境保全の考え方やそれに...