評論文とは、物事の意味や価値などについて批判し論じた文章全体を指す。そこに論述されている主題と、その論述方法を『「考えているかどうか」を考える』と題する養老孟司の文章を取り上げ考察していく。
まず、段落の展開について考えていく。冒頭の二文で、日本人が独創性や創造性といったものに関心が強いことを話題にされ、第四段落目までは全てを規則に当てはめる習性を、日本人がもの考えていない典型例として批判している。第五~第八段落は、その実例としての大学受験や企業の採用活動の話題であり、抽象から具体と演繹的展開になっている。
その原因として、第九~第十二段落では都市化を話題としている。結果から原因に展開することで話題が都市化に移る。第十一・十二段落では考えるということにおいて、自然と都市とが対比されている。自然と対峙してきたかつての生活ではその脅威に備えるために常に考えることが必要であるが、自然の脅威に比べると都市での危険は小さく安全であるために考える必要性がなくなると述べている。
続く第十三・十四段落では、転じて都市化の別の弊害を指摘している。安全な都市型生活で危機意識が薄れることが当たり前になると、...