CSRと財務パフォーマンスに関する実証研究
~わが国における戦略的CSRの存在確認~
目次
Ⅰ はじめに 2
Ⅱ CSRの現状 4
Ⅱ-ⅰCSRの世界的動向 4
Ⅱ-ⅱCSRの国内での動向 5
Ⅳ 実証分析1 11
Ⅳ-ⅰ検証① CSR企業と非CSR企業の差の検定 11
Ⅳ-ⅰ-ⅰ 分析方法とデータ 11
Ⅳ-ⅱ 検証② CSR企業と財務パフォーマンスに関する回帰分析 14
Ⅳ-ⅱ-ⅰ 分析方法とデータ 14
Ⅳ-ⅱ-ⅱ 分析結果 15
Ⅴ 実証分析2 17
Ⅴ-ⅰ 分析方法 17
Ⅴ-ⅱ 分析結果 18
Ⅵ 分析のまとめと結論 20
Ⅵ-ⅰ 追加分析 20
Ⅵ-ⅰ-ⅰ 分析方法とデータ 20
Ⅵ-ⅰ-ⅱ 分析結果 22
Ⅵ-ⅱ 結論と今後の課題 22
参考文献 23
参考ホームページ 24
Ⅰ はじめに
近年、企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility: CSR)が世界中で注目を集めている。CSRへの関心の高まりを受け、多くの企業が取り組みを始めているが、日本における取り組みはまだ初期段階にある。社会的責任投資(Socially Responsibility Investment :SRI) の規模も欧米先進国に比べると未だ限定的である。
図表1 市場規模比較
SRI市場規模国際比較 2003年 2007年 米国 240兆円 280兆円 欧州 45.2兆円 150兆円 日本 641億円 7470億円
SIF-JAPANホームページより
CSR は十分な定義が成されないままに急成長した概念である。以前は公害を引き起こす会社の社会的責任という形で取り上げられていたが、ここ数年では広い意味で使われている。環境に配慮し、従業員の働き方や暮らしを考え、その他、種々の問題の解決にも積極的に取り組む姿勢。かつては最低限の法令を遵守した上で儲かってさえいれば優良とされてきた企業の格付けが大きく変わろうとしている。現代社会が求める新しい基準こそCSR なのである。
今後のわが国において、CSR がさらに普及し持続的なものとなるためにはCSRが企業と社会双方にとって有益なものでなければならない。そもそも企業の目的は、利潤追求と持続的発展といわれており、企業には経済的要請と社会的要請が寄せられる。経済的要請とは、企業に対し主に資金調達においてかかわる投資家や金融機関から寄せられる収益性や財務的な安定性に対する要請であり、企業に利潤最大化を求める。社会的要請とは、直接または間接的な利害関係者であるステークホルダーから寄せられるものである。ステークホルダーとは株主、顧客、従業員、取引先など企業活動を通して関わる全ての人であり、それぞれが異なる利害関係を持つ。企業は各ステークホルダーとの関係を向上させるために、時に経済的あるいは法的な責任を大きく超えた責任が求められるのである。社会のニーズに合った製品を生産し販売する努力、従業員のモチベーションを引き上げる職場を目指す環境整備への努力、企業活動が与える影響や環境への配慮を社会に説明する努力、また培ったノウハウや資源を社会の要請につなげる努力は、その評価を広くステークホルダーに仰ぐ取り組みである。
本業を通じたCSRは、業種や業態によってその取り組みは異なるが、最終的に評価は市場に委ねられ、経済的パフォーマンスに反映されると考えるべきである。CSRの推進が企業の財務パフォーマンスに結びつく場合、企業は自発的にCSRを推進するであろう。しかし、CSRの推進が企業の財務パフォーマンスに結びつかない場合、CSRは縮小され、社会にとって望ましくない状態になる。またCSRとは「企業経営本質そのものである」という原点に立ち戻れば、企業にとって重要な財務パフォーマンスとの関係は依然として無視してはならない重要な問題のはずである。
CSRと企業の財務パフォーマンスを実証分析した研究は多々存在する。結論としてはさまざまであるものの、企業の財務パフォーマンスに正の影響を与えるものが多いとされている。しかし、米国を中心にすでにかなり多くの実証研究の積み上げがあるが、日本企業に限定した実証研究はほとんどなされていない 。そこで本稿では、研究の対象を日本企業に限定し、CSRが財務パフォーマンスに与える影響を検証する。
さらにコーポレート・ガバナンスの観点に立って、CSRへの取り組みを多様なステークホルダー間の利害調節を円滑に行い、財務パフォーマンスを高める企業戦略ととらえ、CSRが企業とステークホルダー間にもたらす影響についての考察することを目的としている。
本稿の構成は以下のとおりである。Ⅱでは諸外国と日本におけるCSRの現状を述べた上で、日本におけるCSRについて問題提起を行う。ⅢではCSRと 財務パフォーマンスの関係に関する先行研究をサーベイし、基本アプローチを明らかにした上で本稿のオリジナリティを述べる。ⅣとⅤではそれぞれ実証分析、考察を行う。最後にⅥで結論と今後の課題について触れ、本稿の結びとする。
Ⅱ CSRの現状
Ⅱ-ⅰCSRの世界的動向
CSRが盛り上がりを見せた時期を取り上げると、現在が第2期CSRだとすれば、国際的にも国内的にも第1期は1960年代から70年代の時代に求めることができる。その時代、今につながる企業行動基準、社会会計、社会的投資ファンド、企業の社会環境行動のアセスメントや格付けなどの制度的手法がさまざまに開発された。この第1期を象徴するのがOECD「多国籍企業行動指針」(1978)やILO「多国籍企業および社会政策に関する原則の三者宣言」(1977) である。
そして第2期CSRは1990年代はじめまで遡ることができるが、その動きが本格化したのは1990年代後半においてであった。この第2期は国際的に規制緩和が進み、外国直接投資が目立って増え市場がグローバル化し市場競争が激化した。グローバル化の担い手である多国籍企業に対する投資家、労働組合、消費者、NGOなどの批判的関心が高まった。そもそもCSRの観念は欧州が主導であった。特にドイツや英国などの若年層の失業問題、またかつての植民地時代の影響下にあったアフリカやアジア諸国における児童労働などの人権・労働問題が深刻化するという背景に、欧州全体の経済成長の維持を目的とし、そのツールとして欧州の施策が企業主体のCSRに期待する方向へ大きく舵を切る要因となった。また世界的にも深刻な環境破壊と未曾有の人口爆発に歯止めはかからず、人権問題や労働問題のみならず健全な商慣行に反する不正行為が目立ち、飢餓や貧富の格差が広がったことが背景にある。
そこでこうした事態に、ILO「労働における基本的原則および権利に関するILO宣言(新宣言)」(1998)、国連が始めて企業に直接訴えかけた「国連グローバル・コンパクト」(2000)、OECD「多国籍企業行動指針(改定版)」(2000)などがCSRの定義付けに大きく貢献した。2001年のEU作成「グリーンペーパー」 以降CSRとはなにかについて次第にゆるやかな合意が形成されてきたようにみえる。以後も、各国から様々な規定が定められ、CSRに関心が寄せられる中で、企業の取り組みに多大な影響力を与えてきた。このように世界では近年、企業に対する社会から要請は、企業にとって無視できないものとなりつつある。
また、近年CSRが叫ばれるようになり、「戦略的CSR」 という新たな枠組みが登場した。戦略的CSRとは、「周囲への迷惑を減らす」という受動的CSRレベルを超えて「社会をよくすることで戦略を強化する」レベルにあるCSRのことを指し、企業の競争力向上と社会への価値提供の両方に資するイノベーションを生み出すようなCSRである。潜道(2009)によれば近年は世界的に「戦略的CSR」の傾向にあるといえる。
では、日本におけるCSRの動向はどのようになっているのだろうか。
Ⅱ-ⅱCSRの国内での動向
近年のわが国におけるCSRの盛り上がりは、社会における企業の位置づけ、その役割を再考させる契機を与えている。わが国では欧米の動きを受けて、2003年からCSRが大々的に広まった。2003年は一連の不祥事を受けて企業が相次いで社内にCSR担当部署を設けるなどのCSR経営への転換を図ったことよりCSR元年とも呼ばれている。実際に有価証券報告書におけるCSR関連記載事項件数を見ても、年々大幅に増えてきていることが分かる。
図表2 有価証券報告書における「CSR」関連記載事項の推移
中篠裕介「非財務情報の開示と経済効果」より引用
前節で述べた第1次CSRは、日本で言えば水俣病やイタイイタイ病などの四大公害裁判が大きな社会問題となり、公害に対する企業の責任が追及されていた時代であった。また石油危機前後では企業の不祥事が表面化し、アメリカで議論になっていた社会的責任論が導入された時期でもあった。当時は企業社会に政策提言するといった動きはほとんどなく、第二次石油ショック以降の景気後退とともにこのブームは鎮静化した。
第2次CSRは、経済のグローバル化が進み、その負の側面が顕在化してきたことによって企業に社会的責任が求められてきたことにより持ち出されるようになったのである。2004~05年にかけてCSR議論は大きな盛り上がりを示しており、日経ビジネス2005年8月22号では「なぜ断てぬ 企業不祥事CSR で会社を守れ」という題で特集が組まれるなど、メディアやコンサルタントなどはブームを煽り立てた。
図表3 CSRに含まれる内容(60%以上の回答があ...