判例 金融機関に対する文書提出命令

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    資料の原本内容

    研究判例:最決平成19年12月11日(民集61巻9号3364頁~)
    ~金融機関と取引明細表の文書提出命令~
    Ⅰ 始めに
    今回の判例も近年立て続けに出てきた文書提出命令に関する判例の一つである。今判例では、金融機関の取引明細表が文書提出命令の対象となり、基本事件との関係では第三者である金融機関が相手方となった。
     今回は民訴法220条4号ハの「職業の秘密」が 焦点となったので、その点を中心に論じる。また、金融機関と顧客との関係(=守秘義務)も問題となる。
    Ⅱ 事案
    (1)元となる事件
    Aの相続人である抗告人らが,同じく相続人であるBに対し,遺留分減殺請求権 を行使したとして,Aの遺産に属する不動産につき共有持分権の確認及び共有持分移転登記手続を,同じく預貯金につき金員の支払等を求めるものである。上記本案訴訟においては,BがAの生前にその預貯金口座から払戻しを受けた金員はAのための費用に充てられたのか,それともBがこれを取得したのかが争われている。
    (2)本件
    抗告人らは,BがA名義の預金口座から預貯金の払戻しを受けて取得したのはAからBへの贈与による特別受益に当たる ,あるいは,上記払戻しによりBはAに対する不当利得返還債務 又は不法行為に基づく損害賠償債務を負ったと主張し,Bがその取引金融機関である相手方に開設した預金口座に上記払戻金を入金した事実を立証するために必要があるとして,相手方に対し,Bと相手方との間の平成5年からの取引履歴が記載された取引明細表(以下「本件明細表」という。)を提出するよう求める文書提出命令の申立て(以下「本件申立て」という。)をした。相手方は,本件明細表の記載内容が民訴法220条4号ハ,197条1項3号に規定する「職業の秘密」に該当するので,その提出義務を負わないなどと主張して争っている。
    Ⅲ 裁判所の判断
    (1)原々審
     文書提出義務に関して、まず、民訴法220条4号ハの「職業の秘密」の定義を、最高裁平成12年3月10日決定(民集54巻3号1073頁)から引用した。つまり、「職業の秘密」とは、「その事項が公開されると、当該技術の有する社会的価値が下落しこれによる活動が困難となるもの又は当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるもの」と解された。
     当てはめでは、「取引明細表は、あくまでも相手方と被告との取引に限定されているのであり、相手方と全顧客との取引の明細表の提出を求められているものではないから、相手方が被告との取引明細を開示したからといって、そのことで相手方の営業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるとは認め難い」として職業の秘密に該当しない、と判示した。
    ⇒ 文書提出命令がなされる。
    (2)原審
    金融機関としての性質上,また,取引約款上も,顧客の秘密を保持すべき義務があり,これは金融機関にとっては基本的な義務の一つであるから,これに反したときには,当該取引にかかる顧客はもちろん,他の顧客一般の信頼を損ない,取引を拒否されるなどの不利益を受け,将来の職業の維持遂行が困難となる可能性がある。
     上記の状況は,本件においても同様であり,抗告人X2との取引の全容が明らかになるような本件明細表が,「職業の秘密」に該当することは明らかである。抗告人岐阜信金は,当該顧客から明示の反対があるときは,本件明細表の提出を拒否できると解すべきである。
    文書の提出を拒否できるか否かを検討するに際しては,証拠が提出されないことによって犠牲となる真実発見及び裁判の公正も考慮されるべきであるが,本件申立ては,抗告人X2が亡Bの預貯金から払戻を受けた金員を,預金している可能性があることを理由としてなされているにすぎず,探索的なものといわざるをえず,未だ,真実発見及び裁判の公正を実現するため本件明細表が不可欠のものとはいえない状況にある。
    ⇒ 文書提出命令はなされなかった。
    (3)本決定
    金融機関が民事訴訟において訴訟外の第三者として開示を求められた顧客情報について,当該顧客自身が当該民事訴訟の当事者として開示義務を負う場合には,当該顧客は上記顧客情報につき金融機関の守秘義務により保護されるべき正当な利益を有さず,金融機関は,訴訟手続において上記顧客情報を開示しても守秘義務には違反しないというべきである。
    そうすると,金融機関は,訴訟手続上,顧客に対し守秘義務を負うことを理由として上記顧客情報の開示を拒否することはできず,同情報は,金融機関がこれにつき職業の秘密として保護に値する独自の利益を有する場合は別として,民訴法197条1項3号にいう職業の秘密として保護されないものというべきである。
     
    本件明細表は,本案の訴訟当事者であるBがこれを所持しているとすれば,民訴法220条4号所定の事由のいずれにも該当せず,提出義務の認められる文書であるから,Bは本件明細表に記載された取引履歴について相手方の守秘義務によって保護されるべき正当な利益を有さず,相手方が本案訴訟において本件明細表を提出しても,守秘義務に違反するものではないというべきである。そうすると,本件明細表は,職業の秘密として保護されるべき情報が記載された文書とはいえない
    ⇒ 文書提出命令がなされる。
    ○ 田原裁判官の補足意見
    補足意見では、顧客情報を、
    ①取引情報 
    ②取引に付随して金融機関が取引先より得た取引先の情報(決算書,附属明細書,担保権設定状況一覧表,事業計画書等)
    ③取引過程で金融機関が得た取引先の関連情報(顧客の取引先の信用に関する情報,取引先役員の個人情報等) 
    ④顧客に対する金融機関内部での信用状況解析資料,第三者から入手した顧客の信用情報等
     
    に分類(①②は顧客も有する情報、③④は金融機関独自の情報)した。また、金融機関は顧客情報について一般的な守秘義務を負い、それは顧客との間のみの義務に過ぎない。訴の義務の保護法益は顧客の利益であるから、弁護士や医師の守秘義務(民訴法197条1項2号)とは異なるとした。
     金融機関が守秘義務を負う場合でも、法律上開示義務を負う、または一定の法令上の根拠に基づいて開示が求められたときは守秘義務違反にはならない、とした。顧客が第三者に対して自ら有する顧客情報について開示義務を負う場合、顧客は、特段の事由のない限り、その第三者との関係で、金融機関の顧客情報の守秘義務により保護されるべき正当な利益を有さず、金融機関が情報をその第三者に開示しても、守秘義務違反にならないとした。
     もっとも、顧客との守秘義務契約上、第三者から文書提出命令の申立てがなされた場合に、その契約上の守秘義務に基づき、当該文書が職業上の秘密に該当し、文書提出命令の申立てには応じられない旨申し立てるべき義務を負う場合があるとした。
    Ⅳ 先例・学説
    (1)先例
    ① 平成12年3月10日決定(民集54巻3号1073頁)
    …親子電話機器を購入・利用している原告が、親子電話機器に瑕疵があるとして、被告に対して瑕疵担保責任を問うケース。
    文書提出命令の対象となったのは、
    ⅰ)被告・取次 店間の取次店契約書   → 不必要として申立却下
       ⅱ)親子電話機器の回路図・信号流れ図 → 具体的不利益を提示していない!
       ⅲ)修理費内訳書・物品納品書兼領収書 → 不存在と認定
    「技術又は職業の秘密」とは、「その事項が公開されると、当該技術の有する社会的価値が下落しこれによる活動が困難となるもの又は当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるもの」と判断した。
    →ⅱ)は技術に関するものであり、「職業の秘密」に該当するかどうかの当てはめについての先例とは言えない。しかし、上記基準を提示した点で先例として評価できる。
    ② 平成19年8月23日最決
     …介護サービス事業者が、その取締役を辞めて同業別会社を設立したものに対して競業避止義務違反に基づく損害賠償を請求したケース。介護サービスリストが文書提出命令の対象となった。
    判旨で「介護サービスの利用者として現に(原告に)認識されている者であり,本件対象文書を提出させた場合に相手方(被告)の業務に与える影響はさほど大きなものとはいえないと解される」として民訴法220条4号ハに該当しないとした。
    → 比較衡量の段階で、文書提出命令の申立人とその相手方の関係を判断材料としている。
    ③ 平成19年1月30日大阪高判
    …被告が弁護士照会 や調査嘱託 に応じなかったことが不法行為になるかどうかが争われたケース。
      弁護士照会や調査嘱託に応じない場合でも明文上制裁はないが、弁護士会や裁判所に対して報告をする公的な義務を負うと判示した。(もっとも、この義務は個々の弁護士等に対して負っているわけではないとして、この義務に反しても不法行為を構成することはない、としている。)
    → この判例も本件も金融機関に対して顧客情報の開示を促そうとしていると考えられる。
    ④ 平成18年11月30日最決
    …取材記者の証言拒絶が問題となったケース。
    民事訴訟法197条の「職業の秘密」を、その事項が公開されると当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるもの、と定義し、「職業の秘密」のうち保護に値する秘密についてのみ証言拒絶が認められ、それは比較衡量による、と示した。
     取材源について保護に値するかどうかの基準は、当該報道の内容、性質、社会的意義・価値、当該取材の態様、将来における同種の取材活動が妨げられることによって生ずる不利益の内容、程度等と、当該民事事件の内容、性質、社会的意義・価値、証言を必要とする程度、代替証拠の有無等を比較するものとした。
     
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