ソーシャルワーク関係における自己決定

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    ソーシャルワーク関係における「自己決定」 1.はじめに  バイスティックのケースワークの原則をひくまでもなく、クライエントの「自己決定」はソーシャルワーク関係において重要視されるべきものとして理解されてきている。しかしソーシャルワーカーにとって、クライエントの自己決定はなぜ重視しなければならないのだろうか。このようにあえて問いかえしてみると、意外に答えにくいのではないだろうか。援助は「クライエント・センタード」でなければならないからといった原則論や援助効果を上げるためには本人の積極的参加が不可欠であるという議論、また人は本来的に自己決定の権利をもつのだといった議論はできるが、クライエントの自己決定が重要であることは、自明すぎる(ように感じられる)だけに詳細な検討がなされてこなかったという面があるかもしれない。  そして、このクライエントの自己決定の尊重の原則ほど、実践にあたるワーカーを困惑させる原則もないであろう。ワーカーが援助相手の自己決定を尊重するべきだというのは理解できるが、具体的に何をどうすればよいのだろうか。またどうみてもその決定が本人のためにならない(とワーカーに思われる)場合も、自己決定は尊重されるべきなのか。といった答えにくい問いがこの原則にはつきまとうのである。 2.「自己決定」尊重の必要性  1) 個人の自己決定の権利  クライエントの自己決定を論じるためには、援助関係という限定された状況以前の「人間」のもつ自己決定の権利について論ずる必要があるだろう。援助関係における自己決定権は、それが単独で存在するというよりは、人間が本来自己決定権を、社会および他者に対して主張できるものであるからこそ、援助関係においてもその原則が導入されるべきであるという論理展開になると考えられるからである。  これについては、J・S・ミル(John Stuart Mill)の思想に、その根拠を求められることが多い。彼は『自由論』の中で、「人類がその成員のいずれか一人の行動の自由に、個人的にせよ集団的にせよ、干渉することが、むしろ正当な根拠をもつとされる唯一の目的は、自己防衛であるということにあり」、ある人が「本人の意志に反して権力を行使」されるのが正当化されうるのは、その権力が「他の成員に及ぶ害の防止」のために使われる場合だけであるとしている。そして、「ある行為をなすこと、または差し控えることが、彼のためになるとか、あるいはそれが彼を幸福にするであろうとか、あるいはまた、それが他の人の目から見て賢明であり或いは正しいことであるとさえもある(ママ)とか、という理由で、このような行為をしたり差し控えたりするように、強制することは、決して正当ではありえない」と述べている。(注1) 他人への干渉は、自己防衛以外には原則的に認められず、本人のためにという名目での介入も正当性をもたないと言うこの見解は、「自由主義」そのもののもつ限界を含みながらも、自己決定論の重要な根拠の一つになっている。  例えば、全国青い芝の会の会長であった横塚晃一の著書の序文において本多勝一は、自らの障害をもつ妹を巡る幼い頃の出来事に触れ、次のように述べている。   「このとき母が共に生きる決意をしたことは、家族みんなにとってまことに幸せでした。   けれども、節子の側から考えてみると、これは、父や私の考えるていどの『よかっ   た』次元のものではない。もちろん妹はまだ何も知らぬ赤ん坊ですが、少なくとも、   当人は『死にたい』などと思ってはいません。母ともに心中させられるということは、   要するに殺されることであります。いかに未来が悲観的であろうと、それは親が考え   てのことであって、当人が考えてのことではない。(注2)  親による、「障害児殺し」は「自己決定」の問題以前の生存権の侵害の問題であることは言うまでもない。しかし、同時に親は、自分の「ため」だけでなく、我が子の「ため」をも思っている「つもり」で行動していることも事実であろう。そうであったとしても、他人がある人のためを思うことと、本人の思いは必ずしもイコールでないし、他人が本人のための行動を本当にとることなどできるのか(それが親子であろうとも)というこの指摘は重要である。。 そして、この見解は、「最後の断を下すべき者は、彼自身である。彼が、他人の注意と警告とに耳を傾けずに、犯すおそれのあるすべての過ちよりは、他人が彼の幸福と見なすものを彼に強制することを許すの実害の方が遙かに大きいのである。」(注3)というミルの指摘へとつながるのである。  このような、個人の自由の強調=自己決定の権利は、法律レベルでは、どのように保障されているのだろうか。日本国憲法においては、直接自己決定そのものについて触れている条項はないが、第13条と、第19条から第23条にかけてが関連するものとして指摘されることが一般的である。  山田卓夫によれば、第13条の「幸福追求の権利」を一般的な前提とした上で、具体的には「自己決定権」の根拠として以下の二つの考え方を示している(注4)。一つは、憲法第21条の「表現の自由」の一態様として自己決定を保護の対象とする考え方である。今一つは、第19条「思想及び良心の自由」、第20条「信教の自由」、第21条「集会、結社及び言論、出版その他の表現の自由」、第22条「居住、移転及び職業選択の自由」等の、具体的な「自由」に関わる規定の上位概念として、「自己決定権」が認められるとする考え方(注5)である。その上で、山田は、「国民は憲法をまつまでもなく自由であり、自己決定は憲法が例示する諸自由の前提ないし上位概念」であるとしている。  ただし、これら自己決定の権利はミルの文章にもあるように、他の成員に害のない限り許されるのであり(注6)、法律レベルの権利としても、憲法で言う「公共の福祉」に反しない限り(13条,22条)という相対的な権利である。さらに言うならば、自己決定の権利は、「あらゆる個人に認められるわけではなく、『成熟した判断能力』をもつものについてのものである点で、権利としては、特殊である。」(注7)という制限的権利であることに注意しなければならないだろう。   2)援助関係における自己決定  次に、援助関係においては、クライエントの自己決定はどのように位置づけられるのだろうか。  このことを論じるには生命倫理(Bioethics)における研究が示唆的である。医療従事者の価値判断の基準については、ピーチャム(Tom L. Beauchamp)とチルドレス(James F. Childress)の『生命医学倫理』(注8)で明確化された4つの基本原理が前提とされることが多い。(注9)"Respect for Autonomy"(自律尊重原理) "Nonmaleficence"(無危害原理、無害性という訳もある。) Beneficence(仁恵原理、恩恵、善行等とも訳されている。) Justice(正義原理、公正とも訳されている。)の4原理である。    (1)援助者の論理と社会の論理  自己決定の権利問題と直接関わってくるのは、自律尊重原理であるが、他の原則も当然ながら、援助を考えるに当たって欠くことはできない。古来、医療においては「無危害原理」と「仁恵原理」の二原則が重要視されてきた。これらの考え方は、約2500年前の医聖ヒポクラテス(Hippocrates)の『誓い』にある「私は、自分の力の及ぶ限り病人を助けるために治療に当たります。また、病人にとって有害無益なことは決してしません。」「私は、誰に対しても、たとえ求められても、決して毒薬は与えず、またその使用を勧めることはありません。」(注10)等といった言葉に求められる。  無危害原理と仁恵原理は、少なくとも患者に害を与えず、できる限り利益を目指すのであるから、必ずしも区別しないという考え方もある。実際、前述の『生命医学倫理』の著者の一人である、ビーチャムが執筆している別書では、インフォームドコンセントの原則について「自律性の尊重」「善行」「公正」の三者をあげ、善行の原則の中で、この両原則を統一すべきとしている(注11)。また、日本におけるバイオエシックス研究の第一人者である、木村利人も、自著の中で、バイオエシックスの四つの視座として「自己決定」「恩恵」「公正」「平等」をあげており、無危害原理と仁恵原理の区別を付けていない。(注12)(注13)いずれにしろ、無危害原理と仁恵原理は、ヘルピングプロフェッションの基本であることは確かであろう。  これらの権利とは、全く異なる視点からのアプローチを求めるのが正義原理である。最もわかりやすい例が、医療資源などの利益の配分に関する「公正」の問題であろう。資源に限界がある状況で、誰に対してどのように利益を分配することが正義なのかという問題である。ニードに対して圧倒的にサービスが不足している場合に、どのような順位をつけることが正義にかなうのだろうか。市場原理に任せるべきか。過去の本人の功績によって順位付けられるべきだろうか。クライエントの社会的地位や今後の可能性によって判断されるべきだろうか。それとも、申込み順やくじ引きといった形が望ましいのだろうか。これは無危害原理や仁恵原理を時に制限したり、順位を付けたりする根拠になるだろう。  正義原理は、現実のサービスシステム作りや供給現場レベルでの判断においてはしばしば重要になってくるが、「不正であるとする多くの批判は、正義以外の原理の侵害であるとして、適切に分類できる。」(注14)という指摘もあ...

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