食糧大乱

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    食糧と食料
    「食糧」は、食料と違う。人類が狩猟採集を中心とした生活から、食物の栽培を覚え、余剰食料を手にしたあたりから、所有と権威が、権力を、そして社会構造を作り始める。権力の源泉になる食料が「食糧」であり、貯蔵と運搬の可能性がその条件。小麦、大豆、米など、主食の穀物はこうして食料と区別される「食糧」となった 。
    その食糧の価格が高騰している。16世紀を中心にヨーロッパで生じた「価格革命」に相当するような事態に発展するのだろうか。中南米から金・銀が大量に流入したといった金融要因など、「価格革命」の原因については諸説あるが、根本的には16世紀に広く生じた人口増加と、農業生産(食糧、原料、燃料)のバランスの変化が背景にあったと考えられている 。 そしてこの時、地価の急騰と一方で賃金の抑制とが同時に生じ、そのことが、社会階層や国の勢力関係に変化を与えた。つまり、固定地代に頼る封建領主の経営基盤を打ち、企業家的な資本家に利潤をもたらした。この交代劇がイギリスに資本主義を勃興させ、後のイギリスの時代を準備する一方、コストインフレに苦しんだまま、スペインは没落していった。「革命」といわれる所以である。この度の食糧価格高騰はどうなのだろうか。新たな21世紀型南北構造の登場、と論評するリサーチもあるようだ 。
    ブラジルの「投資適格」入り
    たとえば大手格付け機関のS&P社は4月30日、ブラジルの長期格付けを、それまでの「BB+(投機格)」から「BBB-(投資適格)」へ引き上げた 。わずか6年前の2002年デフォルトを噂されていた国の短時日での快進撃。その鍵は輸出にあった。輸出価格の上昇と輸出量の増大の両面から、2007年の輸出額は2002年の約2.7倍にも達した。近年の輸出の特徴は、一次産品を中心に輸出価格の伸びが大きいこと。鉄鉱石、原油、コーヒーとともに、世界の貿易市場の34%をブラジルが牛耳る大豆が、国力回復に大きな貢献を果たした。BRICSの一角であるブラジルの台頭を、食糧が演出している側面がある。
    ビジネスモデル、コスト構造の変革
    穀物は人間の活動の源泉である熱量を供給する。だから一般的には国内の需要を満たすことが優先される。自動車のような工業製品との違いはしたがって、貿易の国際市場への拠出量がもともと少なく、供給者が限られているという点に求められ、それだけ市場支配がしやすい (また逆に天候不順など、一部地域の事象がそのままダイレクトに市場に影響を与える、ある種の不安定性、脆弱性を有する)。
    大豆に関していうと、米国穀物メジャーが輸出国のブラジルと輸入国の中国の間にはいり、価格高騰を背景にビジネスモデル、コスト構造を変えることで、中国の経済成長とブラジルの「投資適格」入りを支えた。
    ブラジルの生産能力を拡大するため穀物メジャーは、収穫物の大豆で融資を返済してもらう手法を取った 。元来、未開拓潜在農地が豊富なブラジルではあった。しかし担保余力が少なく、返済意識の低いブラジル農家に融資する金融機関は少なく、価格高騰の好機をブラジルの農家は農地拡大で対応することができずにいたのだ。
    メジャーは同時に中国搾油施設の新設、搾油企業への資本参加、買収を実行した。搾油の段階を経なければ、最終消費に結びつかない。ところがある種の不安定性、脆弱性を有するマーケット価格動向のため、中国搾油企業は規模拡大どころか倒産、操業停止に見舞われ、搾油工程が不安定であった。ここをメジャーは手当てし、大豆購入から最終消費までのサプライチェーン改革で利益を手にした。価格高騰は一般的に商売の好機では有るが、ビジネスモデル、コスト構造の変革を伴わないと「一時的」な高収入に終わってしまう。
    「平成の農地改革」とセブンイレブンの農業法人設立
    食糧の価格高騰を目にして、日本農業の再生へ結びつけようとの掛け声をよく聞く 。「平成の農地改革」に象徴される大規模経営の導入もひとつのやりかた。しかしビジネスモデル、コスト構造の変革という観点ではセブンイレブンの農業法人設立に注目したい 。店舗~堆肥化センター~直営農場をループで結ぶ「完全循環型リサイクル網」の発想には、穀物メジャーが取り組んだサプライチェーン改革の視座が観える。なにしろ「現在、多くの日本企業に求められているのが改善ではなく改革である」と言っている鈴木敏文氏のセブンイレブンのこと。今のところ、野菜での試みで、また食の安全、環境問題、日本の農業再生の要素を謳ったプレスを発表しているだけだが、ドメスティック業種の代表のような小売企業が輸出に手を染める日が、近い将来来るのかもしれない。
    食糧主権が議論される「食糧大乱」の時代
    さてしかしながら、塔は高ければそれだけ、長く影を引く。先進国の可処分所得に占める食料費の割合と後進国のそれとでは倍以上の差がある。価格高騰の影響を輸入食糧から受けるタイプの後進国の国々では影が長い。賃金が同時に上昇してインフレの様相も濃いが、賃金の伸びがインフレに追いつかないと満足な食事を取ることができない国民が増える。消費の減退が景気全体の足を引く。食糧輸出をしている国でも暴動を経験する国が出始め、輸出規制を宣言する国が出てきた。例えばブラジルは4月24日、国内価格緩和のためコメ輸出の一時停止に踏み切っている。
    このような動きは食糧安全保障の思想として捉えられている。これに対し、食糧へのアクセスだけでは不十分だという主張がある。必要なものは、土地、水、資源へのアクセスであり、食糧危機にある人びとが食糧政策について知り、決定する権利がなければならない、というのだ。世界の飢餓は、食糧生産の中軸的要素である小・中規模の家族農業の再確立によってのみ終わらせることができるとする、「食糧主権」の主張 。
    16世紀を中心にヨーロッパで生じた「価格革命」を連想させる、どうやら「食糧大乱」の時代が到来したようだ。
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    情報社会生活マンスリーレポート 08年08月号
    Column
    食 糧 大 乱
    神宮司信也
    Column
    日本語圏と英語圏、あるいは国家と(二人の)国民
    神宮司信也
    【今月の参考クリップ】
    3.
    ●一次産品価格上昇の影響-世界経済では、新たな21世紀型南北構造が登場
    http://www.jri.co.jp/thinktank/research/eye/2008/0623.pdf
    コスト構造、消費構造の違いから、価格上昇の影響が先進国と後進
    国で異なる→新しい「21世紀型南北構造」が。(by神宮司信也)
    4.
    ●ブラジル :S&P社、格付けを「投資適格」へ引き上げ
    http://nexi.go.jp/service/sv_m-report/200806/mr200806_01.pdf
    国にも「格付け」がある。経済混乱があった02年からわずか6年で
    ダブルBから、トリプルBへ。倒産懸念先から普通の国へ。(by神宮司信也)
    5.
    ●今、世界の食料に何が起きているのか
    http://www.maff.go.jp/www/counsil/counsil_cont/kanbou/syoku_mirai/02/data.pdf
    飽食と飢餓が並存する世界の食料需給。近年の異常気象が輸入先国
    の農業生産に影響。家畜伝染病が食料の安定供給に脅威 他。(by神宮司信也)
    6.
    ●高まりつつある中国の米州大陸への食料依存
    http://www.nochuri.co.jp/report/pdf/n0803re2.pdf
    日本にいるとわからないが、先進国といっても米国は同時に農業大
    国。中国へ農産品を輸出する米国の出現。鍵は穀物メジャー。(by神宮司信也)
    7.
    ●消費者のための農業改革を
    http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2008/0514/item1.pdf
    「企業型農業経営と平成の農地改革で食料自給力をつける」ことを
    訴える。経済諮問会議資料。(by神宮司信也)
    8.
    ●農業生産法人を設立し、農場運営を開始
    http://www.7andi.com/news/pdf/2007/20080619_1.pdf
    セブン&アイが農業に参入。食品の安全性に対する関心の強まりに
    対し、自社で生産した野菜を販売することで対応する。(by神宮司信也)
    9.
    ●食糧危機パート2・食糧主権のオルタナティブ
    http://www.jrcl.net/frame080616g.html
    巨大アグリビジネスに対抗する「食糧主権」の確立を訴える。(by神宮司信也)
    【参考情報】
    1.
    「市場の金融史観」No.39  18 世紀の物価上昇とエネルギー革命
    http://www2.odn.ne.jp/hirakun/pdf/kinyu_shi/kinyushi0512.pdf
    2.
    価格革命
    http://www.tabiken.com/history/doc/D/D079L100.HTM

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