「情報縁」時代の「知」のインフラ競争

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    流行語大賞「どげんかせんといかん」
    宮崎県東国原知事の「(宮崎を)どげんかせんといかん」が、「2007年ユーキャン新語・流行語大賞」の年間大賞に選ばれた。受賞理由は、東国原知事が「知事選で簡明に訴えたお国言葉のフレーズが、宮崎だけでなく日本中の老若男女の琴線に触れた」というもの。「どげんかせんといかん」とは「社会を変えたい」という想いの表明。日本の社会に未来から吹いてくる新しい風を予感させる。小泉元首相の「構造改革」にも「社会を変えたい」という想いはあった。しかし四字熟語が名詞かつマクロ的で、官製の響きを逃れられず、変えてほしいという「他力」の色彩が強かったのに対し、ひらがなでしかも方言のこの「新語」は、動詞の趣を持ちかつ生活感にあふれ手作り感が滲む、「自力」の決意が感じられるではないか。この新語が、その年の世の中を映し話題になった言葉、流行語大賞に選ばれたという事実に、「公共性」がようやく日本に芽吹き始めた証左を見るのは、果たして穿ちすぎだろうか。
    「地縁」「血縁」「カイシャ縁」に「情報縁」
     ところで毎年、情報通信を取り巻く動向を特集する「情報通信白書」の、平成19年版は情報通信と「経済成長」、「競争力」、「社会生活」との関連を分析。「情報縁」がコミュニケーションの多様化と深化を促し、人々の間に新しい関係性を形成し始めた、としている 。
    「情報縁」とは情報を機縁とするネットワークのことで、閉じた空間を前提とする地縁(地域)、血縁(家庭)、カイシャ縁(組織)と異なる、関心、問題意識でつながる、時空を超えたつながりのこと。どこそこ(土地名、家族名、会社名)の誰それさんでなく、これこれの関心、問題意識を持った誰それさんは、当然情報収集に熱心。共通の価値観でくくられがちな誰それさんと異なり、相手とのコミュニケーションによって、新たな考え、価値観を発見することが多く、自分が変わっていく内面の変化を体験する傾向があるという。
     自分が変わるということ無しに社会が変わることはありえない。既得権益者は自分を変えることはしない、したがって社会を変えることができない。そこに「公共性」が生まれる余地はない。自分を変えることで社会を変える土壌にこそ「公共性」は芽生えるのではないだろうか。
     情報通信の変革が新しいコミュニケーションの形を産み、そのネットワークの力が社会の変革を促すエンジンになろうとしている。そうだとすると「どげんかせんといかん」が「日本中の老若男女の琴線に触れた」背景には、ネット世界から吹いてくる新しい風があるのかもしれない。
    「知」のデジタル化大競争
     情報通信の変革が「情報縁」で人々をつなぎ、「社会を変えたい」という意向を抱く人々が増えていく。そういう、身の周りの生活の中に「社会を変えたい」人々にとって、情報通信の変革は個人の情報装備力のインフラ強化を意味する。そして白書の指摘する通り、情報通信の変革は「社会生活」のパラダイム転換を促すと同時に、マクロ面で国や組織の「経済成長」、「競争力」の「知」のインフラを整備することにもつながっていく。
     問題はそのインフラの上を流通するコンテンツ。「知の消費」ではなく、「社会を変え」ていく上での「知の生産」という視点に立ったとき、「ボーンデジタル」と同時に「ボーンプリント」のコンテンツをデジタル化する事業に、いま世界が躍起になっていることに驚かされる。
     「ボーンデジタル」コンテンツとは、日々PC等でネット上にアップロードされ続けているものを指す。googleは世界中の「ボーンデジタル」コンテンツを集め、検索サービスの形で、「知の生産性」向上に寄与している。これに対し「ボーンプリント」、印刷機を使ってまず紙の媒体に固定されたコンテンツは、そのままではgoogleの検索にかけられない。
     「社会を変え」ていく上での「知の生産」という観点からは、「ボーンプリント」がネット上のコンテンツとなる意味、効果は計り知れない。それぞれの内容はクリップをご覧いただきたいが、大学、国、国際機関、国家連合体が競って、図書館を基点にした「知」のデジタル化に邁進している 。デジタル化プロジェクトは「Google Book Search」が有名だが実はそれだけではないのだ。
    全文検索と外字
     しかしここで日本には大きなアキレス腱がある。アルファベット26文字の英語圏と数万文字の国語を有する日本語圏の差がどんどん開いていく懸念が現実化しつつある。
     『WEB進化論』の著者梅田望夫氏は近著『ウェブ時代をゆく』で、英語文献のデジタル化コストを「最低でも1冊あたり20ドル(約2200円)近くはかかる」と推定している。一方日本語文献では200ページ程度の学術専門書を、背を裁断しスキャンにかけOCRで読み取り、人手で再鑑する工程を経てPDF化するのに、おおよそ5万円かかる。
     彼我の違いはさらにある。アルファベット26文字なら20ドルのコストでPDF(画像データ)とテキストデータ両方が手に入る。しかし日本語であると、検索用テキストデータが手に入るかはデジタル化作業を担当した会社の力量に大きく左右されるという現実がある。「著作権分科会」議事録で三田委員がこの間の事情を説明しているが、要はスキャン時の文字認識率の問題 。そしてさらにダメ押し的に外字の問題がある。
     コンピュータ創世時、記憶素子が非常に高価だったため使用頻度の低い文字をデフォルト(既定値)扱いせず、追加する方式をとった。それでネットを閲覧するPCに標準装備されていない「外字」は表示できない、という事態が生じている。「ボーンデジタル」にない悩みが「ボーンプリント」にはある。日本語の全文検索、「知の生産性」にとって致命的な難問だ。
    もうひとつの道 WEB3.0=セマンティックエンジン
    だが希望はある。WEB2.0の次の段階はセマンティックエンジンと言われている 。「知の生産性」とは情報探索の際の効率性が核心。PDFデータのメタデータにたとえば目次情報や索引用語を入れることで、機械が「ボーンプリント」コンテンツの効率的な選別、抽出を可能にするかもしれない。全文検索を前提にした、ページリンクの序列や、自然語解析の技術とは違う、もうひとつの道があるのではないだろうか。「社会を変えたい」の想いを育む、日本語WEB3.0時代の到来が待たれる。
    情報社会生活マンスリーレポート 08年07月号
    Column
    「情報縁」時代の「知」のインフラ競争
    神宮司信也
    【今月の参考クリップ】
    1.
    ●ICTの進展とコミュニケーション、ライフスタイルの変容
    http://www.keieiken.co.jp/pub/infofuture/backnumbers/29/no29_report07.pdf
    時間と空間の制約から解き放たれて実現されつつある、「情報縁」
    という新しいコミュニティ概念。地縁、血縁、組織縁の限界を破る。(by神宮司信也)
    2.
    ★Universal Digital Library: Million Book Collection
    http://www.ulib.org/
    米国、中国、インド、エジプトの大学図書館の共同プロジェクト=
    「万国のための図書館」構想スタート。約20言語の約150万冊を網羅。(by神宮司信也)
    3.
    ★UNESCOと米国議会図書館が「世界デジタル図書館」の共同設立で合意
    http://portal.unesco.org/en/ev.php-URL_ID=40277&URL_DO=DO_TOPIC&URL_SECTION=201.html
    6つの国連公用語(アラビア、中国,英、仏、露、スペイン)とポ
    ルトガル語に対応。発展途上国の参加基盤を確立することも視野に。(by神宮司信也)
    4.
    ●欧州連合の情報政策と欧州デジタル図書館
    http://www.dap.ndl.go.jp/ca/modules/ca/item.php?itemid=1070
    EUの競争力確保策としての、デジタル図書館構想。著作権問題の
    調整が難航しているが、「知」のインフラ整備に意欲的。(by神宮司信也)
    5.
    ●著作権分科会 過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会(第6回)議事録
    http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/021/07073007.htm
    三田委員より業界関係者にしか知られていない重要な点の指摘。日
    本語固有の課題(認識率)で紙からのデジタル化が容易でない。(by神宮司信也)
    6.
    ●コンテンツの電子化:電子ブックリーダー"3.0"の可能性
    http://dci.dentsu.co.jp/publication/communication/ci09.asp
    新聞「紙」の制約から逃れられる電子新聞。セマンティックウェ
    ブを展望するなら、ポストWEB2.0時代の生き残り策が見えてくる。(by神宮司信也)
    【参考情報】
    ・梅田望夫 『ウェブ時代をゆく』(2007、筑摩書房)
    ・外字問題の鳥瞰図
    http://www.indexfont.com/pdf/p01.pdf
    ・セマンティックWeb [気になるビジネス用語]
    http://blog.4im.net/archives/2006/03/web_1.html

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