「走れメロス」論
(1)はじめに
中学の多くの教科書に長年採用されている事実から窺われるように,『走れメロス』はテーマのはっきりした分かりやすい小説である.短文で畳み掛けるような独特の口語的文体は「言葉のエロスの推進力」を遺憾なく発揮し,随所に散りばめられた「奸佞邪智」「繋舟」「潺々」などの響きの良い漢語が作品全体の格調を高めている.この作品に難癖をつける批評家はほとんど見当たらず,
「義への衝迫が見事に開花したものとして『走れメロス』を位置づけることができる.(略)これほど健康的で明朗な作品は太宰の作品では見いだせないというばかりでなく,戦前,戦後を通じて日本の小説の中でも類例がないのではあるまいか」(小野正文「太宰治をどう読むか」)
という批評が最も好意的肯定的な例に挙げられるであろう.また太宰が種本にした「古伝説とシルレルの詩」については,小栗訳「人質」と太宰作品との表現上の細かい一致点まで指摘した角田旅人の「『走れメロス』材源考」が,これ以上は望むべくもない最終的な論証を達成している.
この小論は当然基本的にはこれらの批評家たちの研究成果を踏まえるが,その...