鴎外は尋常ではない。軍医総監という最高地位につき、その後も帝室博物館長などを勤め、さらには文学者としても恐るべき知名度と実力を誇って今もなおその名を馳せている。彼のような地位の人間が結婚をするには、勅裁、すなわち天皇の許可が必要だというのだから驚きだ。
しかし彼が二足の草鞋を悠々と穿きこなしていたのは事実だとしても、文学者という面において、やはり同時代に活躍していた夏目漱石という存在をなぎ倒して進んで行くことは少々困難なのである。
「金井君も何か書いて見たいという考はおりおり起る。哲学は職業ではあるが、自己の哲学を建設しようなどとは思わないから、哲学を書く気はない。それよりは小説か脚本かを書いて見たいと思う。しかし例の芸術品に対する要求が高い為めに、容易に取り附けないのである。そのうちに夏目金之助君が小説を書き出した。金井君は非常な興味を以て読んだ。そして技癢を感じた。」
これは「青年」の前作にあたる「ヰタ・セクスアリス」の前半にあるものである。この一文だけでも、金井君に鴎外を当てはめてみることはそう奇抜ではない。
この「ヰタ・セクスアリス」からも露骨に分かるように、そして「青年」という作品そのものからも分かるように鴎外は漱石を意識していたのである。「青年」は明治四十三年に連載を開始した。これは漱石の「三四郎」から二年後にあたる。三四郎はこれからの将来へ希望をもって熊本の高等学校卒業後に上京し、そこで広田という男に出会い刺激され、美禰子という女に翻弄される。一方「青年」の純一はY県より創作家を目指し上京し、そこで大村という男と出会い意見を交え友情を開花させ、坂井未亡人に翻弄される。偶然の一致と呼ぶにはこれらはあまりに似すぎている。
別土俵の「三四郎」と「青年」
鴎外は尋常ではない。軍医総監という最高地位につき、その後も帝室博物館長などを勤め、さらには文学者としても恐るべき知名度と実力を誇って今もなおその名を馳せている。彼のような地位の人間が結婚をするには、勅裁、すなわち天皇の許可が必要だというのだから驚きだ。
しかし彼が二足の草鞋を悠々と穿きこなしていたのは事実だとしても、文学者という面において、やはり同時代に活躍していた夏目漱石という存在をなぎ倒して進んで行くことは少々困難なのである。
「金井君も何か書いて見たいという考はおりおり起る。哲学は職業ではあるが、自己の哲学を建設しようなどとは思わないから、哲学を書く気はない。それよりは小説か脚本かを書いて見たいと思う。しかし例の芸術品に対する要求が高い為めに、容易に取り附けないのである。そのうちに夏目金之助君が小説を書き出した。金井君は非常な興味を以て読んだ。そして技癢を感じた。」
これは「青年」の前作にあたる「ヰタ・セクスアリス」の前半にあるものである。この一文だけでも、金井君に鴎外を当てはめてみることはそう奇抜ではない。
この「ヰタ・セクスアリス」か...