夏目漱石の作品は、自伝的な要素を含んだものが多い。どの時期に書いたのか、それが分かればその時の作者の実際の心情が作品から伺うことが出来る。「自転車日記」などはその通り日記調で、一つの小説というよりまるで本当に漱石の日記であるかのように読むことが出来る。そして、唯一公に自伝的小説と著名されている「道草」は、漱石がロンドンから帰ったとき、また「吾輩は猫である」執筆当時の三十代後半に書かれたものである。
主人公の健三は数年間の洋行から帰国し、教師として働いている。と言って金銭的に豊かな暮らしというわけではなかった。日々を過ごすのに差し支えはないが、余裕があるわけでもない。そんな健三の所に姉や兄、さらに縁を切ったはずの養父島田、さらに妻の父までが金を頂こうと健三の所に話を持ち込んでくる。
実際に漱石は文部省から英国留学を命じられている。ロンドンで、クレイグ教授の個人授業を受け、二年間そこで暮らしている。その後、第一高等学校講師、東京帝国大学英文科講師の任についている。健三と違って、毎日の生活が精一杯というわけではなかっただろうが、親戚中から金の工面についてすくなからず相談を受けていたようだ。他人ならまだしも、親戚という人種からの頼みに、漱石は心底うんざりしていただろう。その人間関係の模様が、作品を通じて垣間見ることが出来る。
作中では、細君とさえ意見や価値観が一致せず、理解しあえない情景を淡々と描いている。学問を修めた健三には細君の捏ねる理屈は取るに足らないものであった。頭の良さをまったく感じさせないその相手に、また、わかってもらえないという孤独感も同時に感じている。この矛盾は、両者の間に横たわる溝となって、結局最後まで続いてゆく。そしてそのすべてが自身の創作活動に深く関わってくる。
夏目漱石の作品は、自伝的な要素を含んだものが多い。どの時期に書いたのか、それが分かればその時の作者の実際の心情が作品から伺うことが出来る。「自転車日記」などはその通り日記調で、一つの小説というよりまるで本当に漱石の日記であるかのように読むことが出来る。そして、唯一公に自伝的小説と著名されている「道草」は、漱石がロンドンから帰ったとき、また「吾輩は猫である」執筆当時の三十代後半に書かれたものである。
主人公の健三は数年間の洋行から帰国し、教師として働いている。と言って金銭的に豊かな暮らしというわけではなかった。日々を過ごすのに差し支えはないが、余裕があるわけでもない。そんな健三の所に姉や兄、さらに縁を切ったはずの養父島田、さらに妻の父までが金を頂こうと健三の所に話を持ち込んでくる。
実際に漱石は文部省から英国留学を命じられている。ロンドンで、クレイグ教授の個人授業を受け、二年間そこで暮らしている。その後、第一高等学校講師、東京帝国大学英文科講師の任についている。健三と違って、毎日の生活が精一杯というわけではなかっただろうが、親戚中から金の工面についてすくなからず相談を受けていたよう...