朝鮮時代の歴史において、最も大きな戦争だと言えるのはやはり壬辰倭乱であろう。まず、この戦争の場所が朝鮮であったということだけで、被害の大きさを予想できるだろう。この戦争によって、当時の人口が三分の一に減少し、有名な書籍や絵などの国宝級の文化財もたくさん損失され、国家全体に多大な影響を与えた。もっとも大変だったのは農地面積が減ったことにより、当然国家の租税収入が減り、国民の生活も厳しくなった。それにより、どんどん人情味がなくなり、冷酷な社会になっていった。更に、その時に伝染病がはやった事で、最悪の状態であったと言える。
ちなみに、日本はこの戦争によって、朝鮮よりは多少得があったと思う。戦争が始まる前から、日本は朝鮮の文化に憧れて来たという説がある。戦争が終わり、日本に戻る時、多くの学者を強制的に連れ帰ったり、有名な書籍などを奪って帰ったりしたことにより、陶磁器や印刷術や学文などが発達されたと伝えられている。この様な影響があって、日本は戦争後、朝鮮の文化財を略奪し、学者や技術者を強制的に連れ帰り、文化的に急成長した結果、江戸幕部の全盛期を迎えたのだ。
ではまた本論に戻ってみると、こんな悪影響ばかりあった壬辰倭乱は最初から避けることはできなかったのだろうか。これについて少し話してみたいと思う。様々な説があるが、ひとつずつ述べてみよう。
まず、政治的に当時より以前から四大士禍や勲久と士林間の党争による中央正系の混乱や先朝の即位の後の党争激化などで、正常な政治ができないほどの状況になっていた。軍事的にも、朝鮮初期にできた国防体制が崩れ、他国からの侵略に備えるための方策で、備邊司という合議機関を設置したが、これも正常な機能を発揮できなかった。
最初から壬辰倭乱をとめることができたか
朝鮮時代の歴史において、最も大きな戦争だと言えるのはやはり壬辰倭乱であろう。まず、この戦争の場所が朝鮮であったということだけで、被害の大きさを予想できるだろう。この戦争によって、当時の人口が三分の一に減少し、有名な書籍や絵などの国宝級の文化財もたくさん損失され、国家全体に多大な影響を与えた。もっとも大変だったのは農地面積が減ったことにより、当然国家の租税収入が減り、国民の生活も厳しくなった。それにより、どんどん人情味がなくなり、冷酷な社会になっていった。更に、その時に伝染病がはやった事で、最悪の状態であったと言える。
ちなみに、日本はこの戦争によって、朝...