Royston Maldoom
1943年生まれ。英国ロイヤル・バレエ団の映画に魅了されて本格的なダンス・レッスンをはじめ、22歳という遅めのスタートを切る。ロイヤル・バレエ団やアルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンス・スクールで学んだ後、1つの作品を仕上げる中で、振付けの魅力に気付き、振付家となる。
ロイストンは、数々のプロフェッショナルなダンス・カンパニーと仕事をするかたわら、20年にわたってダンス・ユナイテッドのような、年齢や能力、文化的背景が異なる人々が一緒に踊るというダンス・プロジェクト的カンパニーにおいても指導を行ってきた。手掛けてきたものの中にはバルカン紛争時のザグレブで少数民族が集まったプロジェクトや、南アフリカの多文化プロジェクト等がある。紛争中のリトアニアやクロアチア、ボスニアのダンス・プロジェクトにも関わっている。
1995年エチオピアでは、当時追放されていたストリートチルドレンが出演するカール・オルフのバレエ曲《カルミナ・ブラーナ》の舞台を大使や政府高官の前で大成功させ、「アートは、コミュニケーションだ」という持論をもとに振付家として独自の活動を続けている。
ロイストン・マルドゥーム
Royston Maldoom
1943年生まれ。英国ロイヤル・バレエ団の映画に魅了されて本格的なダンス・レッスンをはじめ、22歳という遅めのスタートを切る。ロイヤル・バレエ団やアルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンス・スクールで学んだ後、1つの作品を仕上げる中で、振付けの魅力に気付き、振付家となる。
ロイストンは、数々のプロフェッショナルなダンス・カンパニーと仕事をするかたわら、20年にわたってダンス・ユナイテッドのような、年齢や能力、文化的背景が異なる人々が一緒に踊るというダンス・プロジェクト的カンパニーにおいても指導を行ってきた。手掛けてきたものの中にはバルカン紛争時のザグレブで少数民族が集まったプロジェクトや、南アフリカの多文化プロジェクト等がある。紛争中のリトアニアやクロアチア、ボスニアのダンス・プロジェクトにも関わっている。
1995年エチオピアでは、当時追放されていたストリートチルドレンが出演するカール・オルフのバレエ曲《カルミナ・ブラーナ》の舞台を大使や政府高官の前で大成功させ、「アートは、コミュニケーションだ」という持論をもとに振付家とし...