錯視が起こる原因は非常に多くの理論が呈示されている.しかし,未だに全ての錯視現象を説明できる統一的な説明理論はなく,この錯視の複雑さの現われともいえる.それらの理論のいくつかについてミュラー・リヤー自身の主線は,矢羽に囲まれた空間に同化するためとする合流説をはじめ,注視点索引説,間接視説などの鋏辺の存在による図形全体の印象の変化を主張するものや,これに対するものとして眼球運動説をはじめとする,運動対比説,感情移入説などの運動に決定因をもとめるものがある.また,遠近法説では,錯覚をおこさせる図,鋏辺の外向と内向の具合による錯視は遠近法によって奥行きという三次元の世界が二次元の世界に投影されることによって生まれるとし,遠距離に見える外向は大きく見え,近距離に見える内向は小さく見えると主張している.そのほか,大きさの恒常性に関する理論からは,実際より近くに見えるとすれば,対象は大きくみえるはずであるとしている.一般的に考えられている錯視(illusion)とは,”知覚の誤り”と考えられており,感覚・知覚・認知過程のどこかでミスが生じているからだと思われている.しかし,心理学でいう錯視とはそういった意味ではない.錯覚とは,それが錯覚現象であることを知っていてもなお生じるもので,注意深く見たとしても訂正はきかない.われわれの感覚・知覚過程の特性が,錯覚現象を作り出しているのである.したがって,心理学で錯覚現象を研究しているのは,錯覚が単に見ていて面白いというからだけではなく,錯覚の生起メカニズムを解明することにより,われわれの感覚知覚過程の特性を知ることができるからである.
仮説 本研究は,ミュラー・リヤー錯視を実験によって説明することを目的として計画され,矢羽の角度による錯視量の違いを検討した.よって,ミュラー・リヤー錯視図形の矢羽の角度が120°,60°,30°と小さくなるに比例して,錯視量は増加することの実証を目的とする. ....
問題
幾何学的錯視(geometrical-optical illusion; geometrical-visual illusion )とは,平面図形の幾何学的性質(大きさ,長さ,距離,方向,角度,曲率,形など)が,“刺激”の客観的性質や関係より,組織的にかつ相当量異なって知覚される現象である.たんに錯視と略称される場合,海外も含めて幾何学的錯視をさすことがほとんどである.今日知られている錯視図形の原型は,ほとんど19世紀後半から20世紀初頭にかけて発見・創作されたもので,発見者の名前を冠して区別されることが多い.その幾何学的錯視の中でも,ミュラー・リヤー錯視(the Müller-Lyer illusion)を取り上げた.ミュラー・リヤー錯視とは,Figure.1.のような,矢羽に挟まれた直線は同じ長さであるが,外向図形(下側)の方が内向図形(上側)よりも長くみえる錯視図形のことである.
錯視が起こる原因は非常に多くの理論が呈示されている.しかし,未だに全ての錯視現象を説明できる統一的な説明理論はなく,この錯視の複雑さの現われともいえる.それらの理論のいくつかについてミュラー・リヤ...