「消費者保護と刑法」の領域における刑罰法規の役割について
1⑴ 悪徳商法によって消費者が被害を受けた場合、それを法的に解決するためには、ま
ずは、民事法規(損害賠償等)が消費者である私人の利益保護や取引秩序維持のため
に大きな役割を果たすべきである。また、民間の自主規制措置や行政の規制措置(行
政処分)等によって不公正な取引の抑止が図られている場合もある。とすれば、刑罰
法規はこれらの諸手段では十分でないときに登場する最後の手段としての役割を担う
ものと解すべきである。
しかし、その一方で、悪徳商法による消費者取引被害の深刻さや、各種の民事規制
や行政規制措置等の不十分さという現状からすれば、刑法の謙抑性・補充性だけに固
執するべきではない。
⑵ 現代社会において、消費者は複雑化した商 品や役務の性質、取引条件等について十
分な知識を持つことが難しい状況に置かれており、合理的判断によって自分達の経済
的利益を守ることが困難である。かかる現状においては、消費者保護が優先され、そ
の視点が刑事制裁の積極的行使という政策的判断の妥当性を基礎づけている。
この傾向は、近代刑法において原則的に排斥されるべき過度のパターナリズムを容
認するものである。現代社会における消費者保護の問題は、刑事制裁行使の基本原理
に修正を迫るものとなっているといえる。
2 従来、各種の悪徳商法によって消費者に財産的被害が発生した場合には、(原則とし
て、ネズミ講やマルチ商法による場合を除いてではあるが)刑法の詐欺罪の規定(刑法
246 条)が刑罰法規として重要な役割を果たしてきた。
もっとも、詐欺罪の成立は、欺岡行為といえる悪質な方法によって現に財産上の損害
を発生させたことが明らかな場合にのみ認められるため、その立証が困難であるとの問
題があった。また、刑法の一般予防機能はあるとしても、実質的犯罪である詐欺罪の適
用はあくまでも事後的な刑事責任の追及に役立つにすぎないものであって、被害の事前
防止という機能を果たすものではないという指摘もあった。この点で、詐欺罪の規定を
用いて悪徳商法に対する刑事規制を行おうとするには限界があったのである。
3⑴ かかる詐欺罪の限界からすれば、損害発生後の重罰よりも被害の未然防止・初期段
階での抑止に通じる法的措置がサンクションとして必要であると考えられる。具体的
には、消費者取引規制法(業法)によって、消費者への被害の未然防止・拡大防止と
いう役割が期待されるのである。そして、ここでの刑法は、業法の罰則規定という形
で当該業法における行政規制措置の実効性を担保するという二次的な役割を果たす
ことになる。
⑵ 悪徳商法は、消費者被害の事件として社会問題化し、それを契機として同種被害の
再発防止のために各種の業法が制定され、個々の業法による刑事規制措置が整備・拡
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充されてきた。具体的には、各種業法にほぼ共通して規定されている処罰類型として、
以下の 3 点を挙げることができる。
ア 第 1 に、重要事項不告知・不実告知罪である(例えば、特定商取引法 34 条・70
条)。これは、業者が当該契約の締結等について勧誘をする際、当該業務・取引に
関する事項等であって取引の相手方等の判断に影響を及ぼすこととなる重要なも
のについては、故意に事実を告げず、または不実のことを告げることを禁止し、
違反した場合には処罰するというものである。その趣旨は、契約の締結等に際し
て、取引の相手方等の適正な判断・意思決定のプロセスを保障し、業務・
「消費者保護と刑法」の領域における刑罰法規の役割について
1⑴ 悪徳商法によって消費者が被害を受けた場合、それを法的に解決するためには、まずは、民事法規(損害賠償等)が消費者である私人の利益保護や取引秩序維持のために大きな役割を果たすべきである。また、民間の自主規制措置や行政の規制措置(行政処分)等によって不公正な取引の抑止が図られている場合もある。とすれば、刑罰法規はこれらの諸手段では十分でないときに登場する最後の手段としての役割を担うものと解すべきである。
しかし、その一方で、悪徳商法による消費者取引被害の深刻さや、各種の民事規制や行政規制措置等の不十分さという現状からすれば、刑法の謙抑性・補充性だけに固執するべきではない。
⑵ 現代社会において、消費者は複雑化した商 品や役務の性質、取引条件等について十分な知識を持つことが難しい状況に置かれており、合理的判断によって自分達の経済的利益を守ることが困難である。かかる現状においては、消費者保護が優先され、その視点が刑事制裁の積極的行使という政策的判断の妥当性を基礎づけている。
この傾向は、近代刑法において原則的に排斥されるべき...