Xの約1年半にわたり、自宅から隣家に居住するAに向けて、連日連夜にわたり、ラジオの音声や目覚まし時計のアラーム音を大音量で鳴らし続けたという行為に傷害罪(204条)が成立しないかが問題となる。
1 まず、Xは直接有形力を行使してAに傷害を負わせたわけではないことから、Aが傷害の実行行為をしたといえるか。傷害の意義が問題となる。
(1) これについて、傷害の罪は、他人の身体に対する侵害を内容とする犯罪であって、その保護法益は、「人」の「身体」の安全である。学説では、傷害の意義について①人の生理機能の侵害と解する生理機能障害説や、②人の身体の完全性を侵害することと解する身体完全性侵害説、③人の生理機能を侵害すること及び身体の外観に重要な変化を加えることと解する折衷説などが対立している。どの立場に立つかによって、傷害罪が成立するか、暴行罪が成立するかが異なるため問題となるが、暴行と傷害の区別は比較的明確にできること、身体の完全制は暴行罪によって捕捉され得ることから、判例では、傷害とは①「人の生理的機能に障害」を加えることをいうと理解されている。例えば、長時間の失神状態(大判大8.7.31)や...