近代日本の対アジア観

閲覧数3,138
ダウンロード数36
履歴確認

    • ページ数 : 6ページ
    • 会員550円 | 非会員660円

    資料紹介



    1.はじめに
    江戸時代までの日本は、中国をアジアの中心とし、周辺諸国は従属国とする「華夷秩序」に組み込まれていた。しかし、アヘン戦争をきっかけに中国は列強諸国に侵略を受けるようになり、それまでのアジア秩序はくずれていく。こうした国際環境の変化に対し、日本はどういったアジア観を持って、どういった行動を取っていったのだろうか。
    本稿では幕末から終戦までの近代日本の対アジア外交の変遷をみていきたい。

    資料の原本内容 ( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    近代日本の対アジア観
    目次
    1.はじめに
    2.鎖国体制下のアジア観
    3.華夷秩序からの離脱
    4.近代国家への発進
    5.アジアへの勢力拡大
    6.ワシントン体制下の協調外交
    7.アジア盟主の構想と挫折
    8.おわりに
    参考引用文献
    1.はじめに
    江戸時代までの日本は、中国をアジアの中心とし、周辺諸国は従属国とする「華夷秩序」に組み込まれていた。しかし、アヘン戦争をきっかけに中国は列強諸国に侵略を受けるようになり、それまでのアジア秩序はくずれていく。こうした国際環境の変化に対し、日本はどういったアジア観を持って、どういった行動を取っていったのだろうか。
    本稿では近代(幕末~1945)日本の対アジア観の変遷をみていきたい。
    2.鎖国体制下のアジア観
    17世紀前半、江戸幕府は対外貿易をオランダ・中国両国にかぎり、長崎一港に来航を許可する鎖国体制を敷いた。以後、わが国は世界からほぼ隔離された状況に置かれ、日本人に閉鎖的かつ排他的な対外姿勢をもたらした。
     この間、日本は「華夷秩序」というアジア独特の国際秩序のもとに置かれた。華夷秩序とは中国の華夷思想、つまり中国人の民族主義的思想である中華思想に基づ...

    コメント1件

    green_green 購入
     
    2007/01/24 23:36 (17年10ヶ月前)

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。