2008/11/5
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07pp037 Yasuhiro Iwamura
■問題
人間にとって、他の人間の存在が持つ意味は極めて大きい。心理学においては、他の人間をどう知覚、認知するかという問題が古くから探究されている。ここでは、Aschが行った印象形成実験を追試する。
我々は初対面の人に短時間接しただけでも、その人物に対する印象を形成する。それが+のものになるか、-のものになるかは、それ以後のその人物との対人関係に大きな影響を与えるだろう。直接手にしたデータはわずかなものでも、我々はそこからまとまりのある人物像を作り上げてしまう。Aschは、このような印象形成の特性を巧妙な方法で組織的に研究した。彼は以下の2つの刺激リストを用いて、このリストからイメージされる人物の印象を、多くの評価カテゴリーにより評定させた。
知的なー器用なー勤勉なー暖かいー決然としたー実際的なー慎重な
知的なー器用なー勤勉なー冷たいー決然としたー実際的なー慎重な
2つの刺激リストは、「暖かい」と「冷たい」という言葉以外は同一であるが、リストAに対する印象は、寛大、賢明、人のよい、ユーモアのある、社交的といったもので、リストBに対しては、寛大でなく、抜け目のない、ユーモアに欠ける、非社交的ではあるが、頼りになり重要であるといった全く異なった印象が形成された。
Aschはこの結果から、与えられた刺激語はどれも同じ重要度の部品として組み合わせるのではなく、刺激語の中には人物像を形作る際に全体の構造を決定するような中心的役割を果たすものがあり、その周囲に残りの刺激語が配置されて全体が構成される、ここでは「暖かい」と「冷たい」を核にして、全体印象が形成されたと考えた。中心的特性を入れ替えると大きく変化し、周辺特性を変えてもそれほど大きな変化は起こらないと予想される。
また、Aschは次の2次系列の間でも、形成される印象の比較を行っている。
C、知的なー勤勉なー衝動的なー批判的なー強情なーしっと深い
D,しっと深いー強情なー批判的なー衝動的なー勤勉なー知的な
CとDでは刺激語の内容は同一であるが、提示順序が逆転している。結果として、全体的にみてリストCの方が+方向の評価を受けたと判断できる。リストCでは比較的好意度の高い刺激語から始まり、順次好意度のひくい刺激語に移行するが、リストDではこの順序が逆になっている。結果としてリストCの方が+の評価を受けたということは、被験者はリストの最初の方に提示された刺激語をもとに全体の印象を構成したと考えられる。これはいわゆる「初頭効果」を示したものである。一方、リストの後ろの方、即ち、判断の時点に近い方で提示した刺激語の影響が大きくなるケースもあり(親近効果)、必ずしも常に観察されるものではないが、情報の提示順序が全体判断に影響する可能性が示されたと考えられる。
表1 刺激語リストと特徴づけられた主な特徴
リスト
特性(%)
A
B
C
D
寛大な
91
8
24
10
賢明な
65
25
18
17
幸福な
90
34
32
5
人のよい
94
17
18
0
ユーモアのある
77
13
52
21
社交的な
91
38
56
27
人気のある
84
28
35
14
頼りになる
94
99
84
91
重要な
88
99
85
90
ところで、上で紹介した問題は全体判断と部分判断の関係という、より一般的な問題として捉えることが可能である。例えば、ある部屋で1時間ばかり過ごして、ここは静かだと考えたとする。この判断がその1時間の間にその部屋で聞いた様々な音の大きさの印象を総合したものならば、どのように総合したのかを明らかにしたくなる。Aschのように、構造をかていするならば、その構造に従った予想モデルを考えた研究者もいる。
総和(加算)モデル:子のモデルでは、与えられた刺激語のそれぞれがもつ「」好ましさの値」の総和が刺激人物の評価となる。この場合、好ましさのもつ刺激語の数が増えるほど、全体の好ましさも増加することになる(セットサイズ効果)。
平均モデル:刺激人物に対する印象は、与えられた刺激語のそれぞれがもつ「好ましさの値」の平均値として求められる。
2つのモデルは同じように見えるかもしれないが、その振る舞いは異なっている。
次の例を見てみよう。
(例)
性格特性
好ましさの値
性格特性
好ましさの値
親切
3
親切
3
誠実
3
誠実
3
明るい
2.7
合計
6
合計
8
平均
3.0
平均
2.7
例に示されているように、「親切:3」と「誠実:3」が提示された場合では、総和モデルでは合計6が全体の好ましさになり、当然「親切:3」のみの場合よりも増加する。一方、平均モデルでは全体の好ましさは平均値3.0となり、「親切:3」単独の場合からは増加しないのである
さらにここに、「明るい:2」を加える場合をみると、総和モデルでは全体の好ましさは8に増加するが、平均モデルでは平均値2.7となり全体の好ましさは低下してしまう。即ち、平均モデルでは新しい情報が全体の好ましさを増加させるのは、新しい要素の好ましさがそれまでの全体の好ましさを超えている場合に限られるのである。
Andesonは実験により平均モデルを支持している。
■目的
Aschの方法に従って、言語情報の組み合わせから人物の印象がどのように形成されるかを検討する。また、総和モデル、平均モデルの2つの印象形成予測モデルの検討も行う。
■方法
刺激 印象を形成させるために、表2に示す9系列の刺激語リストを使用した。
表2.刺激語リスト
1
2
3
4
5
6
系列1
Asch.1
知的な
器用な
勤勉な
暖かい
実際的な
慎重な
系列2
H.H.
信頼できる
思いやりのある
気だてのよい
誠実な
広い心の
正直な
系列3
M.H.
従順な
感情的な
滑稽な
信頼できる
思いやりのある
気だてのよい
系列4
L.L.
無作法な
ずるい
不正直な
誠意のない
嘘つきの
意地の悪い
系列5
Asch.2
知的な
器用な
勤勉な
冷たい
実際的な
慎重な
系列6
H.M.
信頼できる
思いやりのある
気だてのよい
感情的な
滑稽な
系列7
L.
無作法な
ずるい
不正直な
系列8
H.
信頼できる
思いやりのある
気だてのよい
系列9
M.
従順な
感情的な
滑稽な
装置 パーソナルコンピュータのモニタ画面に1語ずつ提示し、これをプロジェクタで投影した。
評定尺度 印象評定には、態度成分論に基づき次の3尺度を使用した。評定は11段階でおこなった。
認知的評価 : 大変望ましいー全く望ましくない
感情的評価 : 大変好きなー全く嫌いな
行動的評価 : 大変つきあいたいー全くつきあいたくない
手続き 実験は集団で実施した。実験参加者は、正面のスクリーン上に提示される刺激語を注視し、それらの語を全て組み合わせることで一人の人物のイメージを作った。刺激語の提示は、1語ずつ、提示時間は約2秒、提示感覚は約2秒で行った。1系列の刺激語の提示後、すぐに手元の評定用紙により上記3側面からの評定を、形成された人物イメージについて行った。評定後、約30秒ほどの間隔を置き、次の系列に移った。
実験参加者 実験参加者は大学生42名(男性15名、女性27名)
実験日時・場所 実験は2009年5月1日に、追手門学院大学2号館2204教室にて実施した。
■結果
表3 各系列各評定尺度ごとの平均値と標準偏差
系列1
系列2
系列3
系列4
系列5
系列6
系列7
系列8
系列9
認知的評価
平均
8.83
9.93
7.45
1.55
5.79
7.45
2.07
9.26
5.55
標準偏差
1.914
1.696
1.707
0.851
2.493
2.03
1.58
1.559
2.107
感情的評価
平均
7.67
9.83
7.40
1.83
5.19
7.19
2.29
8.95
6.05
標準偏差
2.101
1.731
2.094
1.361
2.163
2.08
1.736
1.759
2.636
行動的評価
平均
7.74
9.86
7.14
2.00
5.14
7.24
2.00
9.67
5.76
標準偏差
2.247
1.726
2.295
1.94
2.177
2.021
1.397
6.136
2.505
表3は、各系列各評定尺度ごとの平均値と標準偏差をしめしている。これに基づき、まず、Aschが示した中心特性の影響を確認するために、系列1,5の結果を図1に示した。
中心的特性がプラスの刺激語だと、全体の印象もよく、マイナスの言葉だと、全体の印象はあまり良くないことがわかる。
次に、提示順序の影響を調べるため、系列3,6の結果を 図2に示した。
提示順序の影響については、あまり影響を受けていない。
さらに、印象形成予測モデルの検討を行う。まず、図3...