『ムーラン・デ・ラ・ギャレット』について
ルノアールの暖かい感じの絵が以前から好きだったので選びました。ルノアールの人生のうちの実りある時期に描かれた最もすばらしい作品といわれています。絵の舞台となったのはつつましい生活を送る中流階級とその階級に属するボヘミアンのために粉挽場を改装して作ったダンスホールです。右下のテーブルについているのは画家のラミ、ゲヌットやこのときの様子を文章におさめたジョルジュ・リピエールたちで、妹のエステルやジャンヌ、ほかのモンマルトルの女の子たちと連れ立っています。
『ムーラン・デ・ラ・ギャレット』 1976年
ピエール・オーギュスト・ルノアール
油彩 カンバァス 131×175cm
パリ オルセー美術館
作者 ルノアールについて
1841年2月25日 フランス中部のリモージュにうまれ、3歳でパリに移住、どちらかといえば貧しい中流階級でありました。ルノワールが最初に絵画の分野で才能をみせはじめたのは13歳のときでした。磁器製品の絵付けをはじめ、コーヒーカップの小さな花模様や牧歌的な羊飼いの風景、あるいはわずか8スーでマリーアントワネットの肖像までも描いたりしていた。女性用の扇子や教会の旗に絵を描くようになり、こうして彼は絵筆を使う技術を着実に会得していきました。21歳にならないうちに美術学校(エコール・デ・ボザール)へ行くだけのお金も稼いでいました。印象派の一員として風景画を政策したが、特に裸婦像、少女象などを得意としました。1970年代から1880年代初頭にかけての作品は典型的な印象主義の作品に『ムーラン・デ・ラ・ギャレット』『舟遊びの人々の昼食』があります。「余暇の楽しみは、我々の生活に欠かせないものでもある。充足に満ちた時間を我々はどれほど...